途中まで書いて放っておいたのですが、お庫出しです。こういうのはすぐやらなきゃダメですねえ。

週末、社会政策学会に参加して来ました。私も土曜日の朝一で報告して来ました。参加者は十数人でしたが、遠方からいらしてくださった方もあり、ありがたかったです。朝のスケジュールが大原社研組は重なっていたので、どうだった?とお互い、聞き合ったりしたわけですが、正直、私もどうだったんだろう、という感じです。主張はクリアに言えたなと思っていますが、そもそも前提としている状況に対して、何を言いたいのかということは分かりにくかったかもしれません。

玉井先生から頂いたコメントで、これは重要だと思いますので、書いておきます。というのは、私が武川先生と玉井先生を一緒くたにして、社会学的社会政策と経済学的社会政策と言っていることを批判していることに対して、それぞれ立場が違うということでした。これは私が社会保障研究所の流れとしてこれを紹介したことと関連しているのですが、玉井先生はパット・セインとの邂逅が社会学との出会いということで、文脈が違うというのです。この話はじつは今年の冬に直接、研究会でうかがっていたので、私の方で説明の仕方が不用意でした。ただ、労使関係を中核にした社会政策に異を唱えたということに関しては大きな文脈ではそんなに問題はありません。あとは、重要な問題提起が随所に含まれているが、一つずつを深掘りしなさい、というアドバイスをいただきました。そこはとても悩ましい問題です。

なお、玉井先生の回顧録は、大阪市大の紀要『経済学雑誌』115(3)に「社会政策研究・教育40年」が掲載されています。まだリポジトリに入ってないみたいですが、そのうちに入るでしょう。2号も入ってないみたいで、早くしてほしいですねえ。

さて、私の報告に戻りましょう。春の研究会で学会でやりましょうという予告を受けて、改めて社会学的社会政策と経済学的社会政策についての質問を受けましたが、私としては社会学と経済学といっても、共通性も多いので、違いを強調することに意味を見いだせないということを話しました。ただ、ちょっとかみ合ってない感じはしました。これだけでも、相当に議論のあるところでしょう。私としては、今回の報告で社会政策学などというディシプリンは日本では成立し得ず、インターディシプナリーでやるしかない、ということを確認しました。これは、たぶん、多くの人がもともとそう思っていたことを再確認しただけにとどまります。

あと、懇親会で北大の上原さんと、籠山京の話題になりました。奥井復太郎と籠山、中鉢、中川清と続く慶応の生活構造論の系譜をよく知りたいなという私もまったく同感です。籠山先生は江口、氏原とも繋がるからなあ。

土曜日午後は、Martin Heidenreichさんの「The Europeanisation of Income Inequality before and during the Great Recession. Inter-, Supra- and Transnational Perspectives」を聴きに行きました。各国内の格差は広がっているけれども、EU国間の格差は縮まっているというのが大まかな話で、へえと思って聞いてました。初めての英語セッションでしたが、なかなか良かったんじゃないですかね。

その後、休憩室で雑談をしてから、猪飼さんの報告へ。何というか、私には医療モデルのときほどのインパクトは生活モデルの方には感じませんでした。その理由はあんまり言葉にできないので、私もモヤモヤしています。されはさておき、こういう理論的アプローチに徹するということ自体が社会政策学会では珍しいし、貴重ですね。

このセクションは中座して岩永理恵さんの生活保護の話。この分野の最新動向に明るくないので、とりあえず知識を仕入れるという感じで、役に立ちました。というのは、たぶん、ここで話を聞いておかないと、翌日の共通論題の話が結構、分からなかったように思います。

共通論題の社会保障改革と地方自治体は私的には大ヒットでした。今まさに聞きたい話でした。大きく言えば、福祉国家の社会保障から福祉社会を考えるということなんだろうということですが、具体的な話はなかなか面白かったです。自立支援センターふるさとの会の滝脇さんの報告は面白く、宣伝されていた本も読んでみたいなと思いました。誰かの話の中で、現場は中央から新しい指示があるたびに混乱するということが言われていましたが、もともと中央は日本全国津々浦々にあてはまるようなことをフワッと言わなければならないので、あんまり詰めて言えない、という事情もあるので、それは厚労省も気の毒だろうと思いました。考えさせられることは多々あったんですが、結局は現場で考えるしかないんですよね。それぞれのソーシャル・キャピタルも全然、違いますし。

結局、地域支援包括センターの話も、生活自立支援法の話も、問題が複合化しているというところがポイントで、それに対する処方箋を考えなきゃいけない、ということなんですよね。役所の縦割りの話は、役所内に調整してもらうのは難しいので、民間でトピックを立ててミーティングの機会を作って、関連部署を同時に呼ぶしかないと思うのですが、それに応じてもらうには、相当に実績と信頼を創る必要があるでしょう。

あと、日本はちゃんと政策科学を輸入しなかったから、本当にくだらないレベルで政策効果測定が行われていて、それをちゃんと清算しないといけないなと感じました。そのためには、コンサルに対抗しないといけないわけで、質疑応答のなかでは、大学が地域のコンサルの役割を担う可能性が議論されていましたが、結局、それも根本的な治療ではなく、しかし、これが一番大事なことでもあるのですが、出来ることを一歩ずつの大切な一歩なんですね。終った後に、井上さんの経験談をいろいろお伺いして、感慨深かったです。

生活自立支援というのは、welfare to workの話ですが、結局、就労支援で就職しても安定的に働けるようにならないと、もとに戻ってしまうので、そのためには就職したという一点じゃなくて、もう少し幅をもって評価するという風にシフトした方が効果が上がる、という風に説得するのがよいように思いました。身も蓋もない言い方ですけど、当事者の状況よりも財政に関心がある人間に対して、当事者の状況改善の話をしても響くわけないので、そこはプラクティカルに、効果の文脈に乗った方がよい、ということです。
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