『社会政策:福祉と労働の経済学』有斐閣をいただきました。ありがとうございます。この間、バタバタしていて、いただいてから時間がずいぶん経ってしまいました。すみません。近年の社会政策のテキストとしてはもっともよいと言ってもよいかもしれません。

本書の特色は二つあります。一つ目は、社会政策独自のディシプリンという問題はオミットして、マルチ・ディシプリンを所与とした上で初歩的なミクロ経済学の立場から社会政策を分析していること。二つ目は、対象範囲を労働政策と社会保障政策プラス住宅政策と定めて、各論に理論的な分析だけでなく、制度的なディテールも書き込んでいること。これだけの分量で、歴史から最新の動向までよくここまで書き込んだなと思って、かなり驚いています。

こういう本を読むときに困るのは、私自身はもうある程度、初歩のミクロ経済学も分かっているので、経済学に親しみがない読者がこの本でどれくらいこうした手法に馴染めるのか、その見通しが立たないということです。たぶん、安藤至大さんの『ミクロ経済学の第一歩』なんかを読むとよいだろうと思います。経済学というと、それだけで蛇蝎のごとく嫌う人がいますが、それはたぶんに誤解に基づくこともあり、一通り、経済学の考え方を身につけておくのはよいと思います。積極的な効用は、センなどの厚生経済学の基本的な考え方が身につくことです。センの議論が社会政策分野でも広く受け入れられていることはご存じの通り。消極的な効用は、新自由主義=経済学=社会政策(ないし社会保障)の敵といったような、不毛な図式から自由になれることでしょう。

大河内一男・高田保馬論争のときに、問題になったディシプリン問題があります。社会政策学が独立するためには、独自のディシプリンが必要で、もしそれがないならば、経済学による社会政策分析、社会学による社会政策分析などの既存のディシプリンの応用問題になるだけだということです。結局、前者の道の探求はなされなかったので、今は後者のみが残っています。ところが、マルクス経済学凋落以降、経済学をベースにして社会政策全体に取り組もうという試みはほとんどなされてこなかったんですね。それはまず、労働経済学で労働政策部分は代替されたからです。そういう意味では、この本は労働経済論プラス経済学による社会保障解釈、という風に言ってよいでしょう。社会保障や社会福祉の経済学的分析という切り込み方自体も珍しいかもしれませんね。

社会政策そのもののディシプリンを放棄するならば、何が社会政策なのかという選択問題が発生します。この本は労働政策、社会保障、住宅にしたわけですが、これは2015年の世間相場的にはまずまずではないかと思います。一つは、社会学的社会政策を訴えていた方たちが、労働政策の重要性も指摘した上で、社会福祉ないし社会保障を重視していった結果、労働政策と社会保障を総合的に捉えることを社会政策とするというのは今ではあまり違和感がないのではないかと思うのです。もう一つは、その動きの震源であるヨーロッパでは、住宅政策をソーシャル・ポリシーの一つに位置づけるのがわりとよくあるということです。教育が入ってればなおよかったと思いますが、紙幅の都合と、メンバー構成の問題でしょうから、現実的には十分です。

でも、なお社会政策をなぜ労働政策と社会保障政策を包含したものと捉えられるのか、という問いには答えなくてはならないでしょう。これを突き詰めていくと、現実的に重視すべき政策を並べるだけではなく、社会政策そのものをどう捉えるのかが問われざるを得ない。もちろん、答えは一つではなく、ある立場からのものになるでしょうが、それでも統一的なモノが欲しいところです。そうでなければ、それこそソーシャル・ポリシーの輸入だけで事足りてしまうからです。ただ、これはそれぞれに問われる問題であって、この本の著者たちだけに背負わせるべきものでないことも、言うまでもないでしょう。

それにしても、よい本でした。お勧めです。
スポンサーサイト
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック