濱口先生から三度、リプライをいただきましたので、だんだん、分かってきました。はっきりと、「日本の男女平等政策、ワークライフバランス政策がなぜ何故にこのような歴史をたどることになったのか、欧米のそれと異なるゆえんは那辺にあるのか、というのが私にとっての最大関心」という風に書いて下さったので、ようやく私としてはこの本の意図していることというか、問題意識が分かってきましたので、私なりにそこら辺を書いてみたいと思います。

この話のキモは、大きな転換点が1970年代にあったということです。福祉国家論もそうですが、それまでの福祉国家論はウィレンスキーのように収斂論、つまり先進国が経済成長を持続していくと、同じような福祉国家になっていくという風に考えられていた。ところが、オイルショックその他の後に実際に出来てきた福祉国家はそれぞれで別々でした。それを比較して、類型化したのがエスピン=アンデルセンの仕事です。女性政策でいうと、1975年からの婦人国際年の10年が重要で、それぞれの国が対応した結果、日本が欧米に比べて、男女平等政策という意味では周回遅れになってしまった。1970年代前半までは、国内的にはもちろん男女格差はありましたが、それでも女性労働に関しては特に遅れていたというわけではなかったんです。そういう意味では、男女平等政策、ワークライフバランス政策が中核になるというのはそうでしょう。しかし、しかし、ですよ。あえて一言、言わせて下さい。

分かりにくいわ

そうであるならば、その前の歴史的な話はまるっといらないわけです。素直に1970年代以降、欧米と比べて異なる展開をしてきたというところが重要だと思います。それにしても、その比較で重要になってくるのは、やっぱり雇用システム論だけじゃなくて、その背後にある家族システム論の比較だと思いますけどね。大羽さんの本だって、女性の家族責任の話がいっぱい出てきます。それを男だって平等に責任を持つべきだという考えは、現代の進んだ都市部の世界、インテリの世界であって、まだまだまだ、そういうのは残っています。

ただ、濱口先生に同情するのは、言うのは易しいけれども、これは実際にやるのは相当に難しい話です(もっとも言っているのは私ですが)。女性労働の場合、特に1970年代以降の議論をする場合、国際的な動向が直接、国内の政策にも関係してきます。国際的な動向は、国連、ILOといった機関だけじゃなくて、いわゆる女性運動自体も国際的な連帯を見せていて、それ自体が重要です。私もよく知りませんが。でも、とりあえず、これを押さえなきゃ行けない。

それから、国際比較的な視野が必要ということで、もし女性労働+雇用システム論+家族システム論という枠組みで捉える必要があるならば、他国の家族システム論についても押さえておいて、ソーシャル・ポリシーとの関係も見る必要があるでしょう。労働省の有名な標語「婦人よ家庭に帰れ」というのが戦後、失業者が大量に発生した1940年代後半に使われて、象徴的なのですが、どこかでそういう意識を変えられていないところがある(この標語自体は戦前にあったという説もあるのですが、ど忘れしました。でも有名なのは戦後の方です)。ただ、それに対しては、雇用システム論を介してマル経やら小池理論やらを召喚するよりも、ストレートに、家族論を踏まえた女性論が必要なんだと思います。というか、雇用システム論よりまず、家族システム論じゃないかなと思うんですよね、女性労働の場合。実際、雇用システム論の影響なんてたいしたことなくて、現実的な政策という意味で考えたって、日本型福祉社会を作る上で、労働省が推進した勤労者財産形成政策の方がはるかにインパクトがあったと思いますよ。これ、家族計画にメチャクチャ関係ありますし、当然、女性を排除するわけではないですが、男性稼ぎ主型モデルを念頭におかれていたんですから。

繰り返しますが、女性労働という点だけで考えれば、政策としてみたときに、『労働法政策』において丁寧に説明されている家内労働法とか、その後の90年代の現実的対応の展開過程も、現代においてだってアクチュアルで、重要なわけです。とはいえ、70年代以降の男女平等政策の展開に関心があるということであれば、ここを落とすのは一つの選択だとは思います。

最初のエントリにも書きましたけれども、根本的には男女双方にとって、昔の日本的雇用システム論は機能不全を起こす側面があるから、ということでしょう。特に、女性活躍政策にストップをかけるというのは非常に重要なことでしょう。ただですよ、男女平等政策、ワーク・ライフ・バランスというテーマが重要であるならば、06年改正の後の世界でそれを女性労働から切り取っていきますかね、とも思います。たしかに、均等法は女性労働から始まりましたが、そんなこと言ったら、工場法だって女性労働と児童労働ですからね。真のテーマとして、実は『新しい労働社会』以来、濱口先生が日本的雇用システム論を無条件によいと考えているわけではないという問題意識も継続しているとは思います。

私としては男女共同参画になって、女性政策が後退した側面もあると思っています。たとえば、母子家庭の貧困の問題なんかはそれですね。とはいえ、いったん、問題だと認識されるようになると、昔と違って父子家庭の貧困(フルタイム労働は困難)の問題も取り上げられるようになって、その意味では男女共同参画社会の恩恵かもしれません。男女共同参画社会といったって、まだまだ昔ながらの社会のままで、そうであれば、いきなり男女共同参画社会に飛ばず、古典的な女性労働特有の問題だって今こそ重要だと思います。まだ、男女平等政策だけで女性労働問題を語れるような時代に我々はいないんじゃないでしょうか。
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