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金曜日は渋谷で打合せと研究会だったので、足を伸ばして、神保町の篠村書店まで行ってきた。30日で閉店と思ったら、ツイッターの誰かのつぶやきでは31日の日曜日も開けるみたいです。

今でこそ明るい店内になったが、私が神保町に通い始めた2001年は改装前の暗い感じのお店で、まだ鉄道関係の書籍はそれほど目立たず、汚い本棚の上に重厚な本が置かれたりしている圧倒的に社会科学の古本屋だった。いつか、鉄道の本が増えましたねえと話したら、社会科学の本は売れないからねえ、こっちも商売だからと話していた。当時は入るのにはなかなか勇気がいるお店だった。ご主人が生きていらした頃は目録を出していて、それが高く評価されていたことがおばあさんの自慢だった(なお、2014年に亡くなった店員さんはご主人ではなく、跡継ぎの息子さんを亡くされた後、手伝いに戻ってきてくれた店員さんで、お客さんから何度も言われるので訂正するのも面倒だから夫婦と言われたらそのままにしていたとおっしゃっていた。そのせいでみなさんのブログやツイッターをみてときどき、混乱する。私は彼のことを番頭さんと呼んでいた)。古本屋というのは本当に目利きで、だからこそ、あの頃の私の夢は、篠村書店の本棚に自分の書いた本を並べてもらうことだった。プロの古本屋に認められるようなものを書きたかった。2000年代前半に、おばあさんと話をしている常連のお客さんはまだみんな学術的な香りを漂わせていた。今はああいう感じの学者も、おそらく編集者も減ってしまったのではないかという気がする。篠村のおばあさんは今も本当に元気で変わらず、今日もお客さんを叱り飛ばしていた。神保町はこの10数年で様変わりして、そういう敷居の高い店はほとんどなくなってしまった。厳松堂書店、厳南堂書店、明文堂書店、金子書店、奥野書店、みんななくなってしまった(厳松堂は入りやすかったが)。

大学院の頃、帰りに毎日、神保町を歩いた。町中の本屋の棚が分かるくらいだった。店先で売られる二束三文の専門書を見つけるのが私の楽しみだった。篠村書店は店の外のものを安くしていたが、他の店のように500円以下のものを並べるような売り方はしていなかった。店の中のものは高く、よほどのことがないと買えない値段だった。それは古本屋がつけたその本の価値なのである。篠村のおばあさんは「結局ね、歩いてる人が安く手に入れられるのよ」と言っていた。外の本は最初、相場よりもやや安い値段で出していて、その後、1週間か数日の間で数百円ずつ値下げてしていく。次の本が控えているからだ。その頃はお昼ごはんも食べず、コーヒーも飲まず本を買っていた。誰かが買ってしまうかもしれない、でも、もう少し待ちたい、そういうせめぎ合いで買った本がたくさんある。そうやって少しずつ育ててもらった。あの頃、最初に篠村書店で買い物をして、街を見て歩きたいからといって、そのまま本を置かせてもらって、鞄の中にもいっぱいで両手にもいっぱいの本を抱えてよく家に帰った。

金曜日は棚がスカスカになった店内で選びに選んで二冊だけ買った。正直、今、本が欲しいと思っていなかったので、義理で買ったようなもので、おばあさんと話すのはなんだか感傷的な気分になった。若い頃だったら泣いていただろう。家に帰って、本棚に置いてあった本を思い出して、急にあれは買っておくべきだったなと思って、もう一回、今日、訪ねてみた。昨日と棚は変わってないはずなのに、四冊、買って帰ってきた。今日は義理じゃない。昔のように真剣勝負だ。私が最後に買ったのは、昨日は纐纈厚『総力戦体制研究』大江志乃夫『国民教育と軍隊』、それから今日は『民生委員制度七十年史』『現代岡山県社会福祉事業史』布施鉄治編著『地域産業変動と階級・階層』シュライオック『近代医学の発達』。

鉄道ファンの方は相対的に気の毒で、見るだけの一見さんはもちろん叱り飛ばされるのだが、もう番頭さんが亡くなる数年前からおばあさんはときどき、お客さんの顔を忘れていることもあったと思う。私もあれだけ通ったけど、久しぶりに行ったら忘れられていて、番頭さんがよく来てくれてたじゃないと言ってくれたこともあった。それから数年は覚えてくれているときもあるし、忘れられているときもあるという感じだった。それでも比較的覚えていてくれることの方が多かったように思う。年末にいったときは閉店時間を過ぎていたころに入ったので、買いたい本は見当をつけてから、本棚を選んでいたのだが、初めて見てるだけなら帰ってくれと言われた。時間を忘れていたことをわびて、会計を済ませていると、もう体力的にきつくなったこと、中古市場に二束三文で売るならば利益なしでお世話になったお客さんに買って欲しいので続けようと思っていること、店を閉めてからも一日の精算、明日出す本の準備等、夜11時過ぎまで働くこと、夕飯は外で食べていることなど、それから15分くらい話してくれて、最後に買わなくてもいいから、また来てねと言われた。

今日は会計を済ませると、昨日より少しだけ長話をして、最後に名刺を置いて帰った。少し落ち着いたら、電話でもください、お茶でも飲みに行きましょうとだけ言っておいた。もし、本当に電話がかかってきて、ゆっくりお話しすることになったら、その次は希望者を募集して、将棋の感想戦みたいにそれぞれが思い出を語る会でも開きましょうか。そんなのがみんなで出来たら楽しいですね。

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