70年代以降の教育社会を考えているが、なかなかまとまらない。とりあえず、メモ代わりに。一つの論点は、教育と福祉。

ただ、この教育と福祉の関係がすごい複雑。なぜなら、社会福祉の側がもうちょっとまとまっていたら、話は違っていたと思うんだけれども、時期によって重点がズレすぎていて、参照基準としてはなはだ頼りない。

今、一つの立脚点は、岩田正美先生の一般化と特定化という発想だと思う。これで行くと、高度成長期までの日本では、特定化の方はあきらかに障害者の特別支援教育、それから保育であろう。逆に、これを一般化と言ってよいのかどうか微妙だが、より広範な問題として捉えられていたという意味で、貧困である。

社会福祉の中心が貧困であった時代は、たとえば籠山京のような研究があり得たわけだが、70年代以降になると、そういう貧困から生活を見つめる流れは衰退して、もっぱら児童福祉という観点になっていく。これは勤労青年問題がなくなったことも大きいと思うが、どうだろうか。特定化に流れない方は、幼保一元化の話としての保育の問題が重要トピックになる。

70年代の後半に城戸とか、小川とかが座談会をやっていて、これ小川の全集にも社会・生涯教育文献集にも収められていて、それだけ重視されてきたということだと思う。座談会だから重要論点がいっぱいある。そのなかで、一つのテーマは、教育とケアをつきつめていくと、共通するのではないかという問題意識である。だから、具体的な問題として、幼保一元化を取り上げても、それは一ケースであって、もっと普遍的な教育=福祉と捉えうるパースペクティブを持って、小川なんかは教育福祉学という領域を切り開こうとしたんだと思う。が、誠実にいろんな学説に目配りしすぎて、この問題意識が見えにくい嫌いはある。ただ、この視点はほとんど継承されてないんじゃないか。

時はめぐり、子どもの貧困が問題になると、貧困リバイバルになる。福祉=貧困になる。日本だとここ10年のことである。学問的に言うと、深刻な社会問題を扱うのは楽な面がある。要は、方法的に、あるいは思考として、それを扱う研究者がつきつめてなかったとしても、問題の深刻さという下駄を履かされて、とても大切な重要な問題を扱っていると認めてもらえるからである。

私の個人的な考え方では、子どもの貧困は親の貧困が元であり、その顕現する、あるいは把握可能になる場所が学校という教育の場であるという意味において、社会福祉研究の応用問題、教育編という風に捉えている。教育のロジックに内在的に行くならば、教育とケアの共通性の探究は一つの方向ではないかと思う。

思うが、同時に、この問いの立て方はきわめて日本的であるとも思う。この生活指導的側面という性格がたぶんにあるからだ。ここら辺を問題にしているのが、松田忍さんだったり、冨江直子さんだったり、する。それとドイツ新教育やアメリカ・プラグマティズム的新教育の輸入はどう関係したのかしないのかにも繋がってくるだろう。まあ、ここら辺は社会教育史研究とつきあわせる必要がある。ということは、ここでも小川利夫だが、小川の社会教育史は時代の影響もあると思うが、ちょっと講座派色が強いので、そこら辺の脱色も必要だろう。ここでキーワードは貧困から、といよりは、貧困を突き詰めていって出てきた「生活」に移ります。

今のところ、この問題で一番、突き詰めてるなと感じたのは、小林甫「生活教育研究と生活社会学の視座」。直リンク貼っておくので、書誌はそこで確認して下さい。布施鉄治の調査研究、すごくよいけど、理論的にはマルクス主義か。ちょっと展望が開けない感じだなあ。みんな、戦後の革新だからねえ、この時代にそうなるのはわかるけど。。。

とはいえ、これ、マニアにはたまらん論文ですな。言ってみれば、北大教育の歴史でもあるんだけど、人的にも学問的にも、城戸だったり、鈴木栄太郎だったりと繋がっていて、東大系では忘れられた、しかし、私はこっちがもともとの教育社会学のメインストリームにいた気がする。まあ、社会教育も小川利夫さんがまさにその中心だと思うけど、国民教育運動と近くになりすぎて微妙になったように思う。それは、この論文での結論、すごい大事なことなんだけど、疎外論か、ポスト・フォーディズムか、うーん。。。やっぱり、時代的制約を強く感じざるを得ない。
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