この前の吉田シンポでも少し話題になっていたので、積ん読していた『入門近代仏教思想』を読んでみた。なかなか面白かったし、有用だと思う。まず、戦間期に仏教が行ってきた社会事業などはそれこそ吉田久一の本などで割と知られていたが、思想的なインパクトを概観するような類書はあまりなかったのではないかと思う。この点は、キリスト教の方がわりとそういう本が多かった。しかし、近代日本の知的状況において、こうした仏教思想の展開とそれが及ぼした影響を知ることはかなり重要であろう。その意味で、この本はまず、宗教に関心がある人、社会改革に関心がある人、社会思想や社会政策、社会福祉に関心がある人、竹内洋の教養主義本が好きなマニアには、エア・ポケットであったし、面白いと思う。あとは、国学・神道の内部の人が、いつものような難しい漢字を多用しないで、分かりやすい新書を書いてくれれば、いろんな見通しがよくなる気がする(もっと具体的に言えば、藤田大誠さんの『近代国学の研究』のコンパクトなやつを読みたい。あれを前提に話を進めるわけにはいかないので。)。ただ、私はまず、そもそも大正時代から大学が大衆化する前までに興隆した教養主義に関心がないので、この方面の竹内洋本のファンは身近にもいたりするが、その思いはほぼ共有できない。だから、そういう意味での知的歴史に関心がない向きにはきついかもしれない。

この本自体が古い教養の香りを持っている。地の文と要約がほぼ区分できないくらいに書いているというスタイルをあえて取っているというところもあるだろうが、実はそのスタイルで全編を書ききるにはかなりの力量がいる(エネルギーというか、胆力というか)。その意味では、この本は研究者としての研鑽の結果ではあるけれども、姿勢としては若松英輔の『霊性の哲学』に近いし、それはある意味で大正教養主義的な雰囲気であると私は思う。あとはキリスト教方面では赤江達也さんあたりがこういうものを書いてくれるかもしれない。

とはいえ、ことは仏教なので、いろいろとこちらとしては期待したいこともある。はっきり言って、キリスト教の場合、日本においてはほぼほぼインテリ宗教なので、こういうアプローチをしてもよいのだが(それに社会実践を加えればほぼそれで十分である)、仏教の場合、民衆に根付いているので、もっと地べたの民衆思想的な面を知りたかったというようなことがある。たとえば、報恩思想などがそうである。これは明らかに廃れていったと思うのだが、それはなぜなのか。社会がどのように変わっていったからなのか、とか、聞いてみたい。これは労働問題、とりわけ報酬にも関わる問題である。報恩思想自体は他の文化圏でもあるが、おそらく日本では浄土宗的教えが利いていると思うので。

それから、文学ということでいうと、ベスト・セラーになった倉田の『出家とその弟子』が重要なのは異論ないが、他方で、幸田露伴や、谷崎潤一郎とその親友であって源氏物語を書くに当たっては彼の仏教方面の先生でもあった今東光(もちろん、今なお意気軒昂な瀬戸内寂聴大先生の師匠でもある)といった流れもどう位置づけるかとかは気になるところである。それから、晩年の三島由紀夫(4部作)や遠藤周作(深い河)などは明らかに仏教思想に寄っていて、その仏教との距離の取り方は大変に興味深い。個人的には中村真一郎も気になるが、まあ、ここら辺まで来ると、だいぶ、私の趣味だ。ただ、岩本裕が遺著『日本佛教語辞典』でやろうとした仕事は、日本の(古典)文学を読むには、仏教を理解することが重要であるとして、サンスクリットから漢語、日本語に至るまで博捜に次ぐ博捜による考証で、あの辞典を書ききったわけだが、日本の古典に親しんで着想を得るというのは、ある意味では王道である。谷崎、今、瀬戸はもちろん、中村の『王朝物語』もそうだし、丸谷才一も、それから、河合隼雄や映画を大ヒットさせた新海誠もそうだろう。もちろん、手塚治虫を加えてもよい(まだまだたくさんいるが、今思い出した限りで)。こういうものは、近代仏教の哲学やら何やらを必ずしも通らず、しかし、近現代を生きる中での問題意識というフィルターを使って、ある意味、古典のなかの仏教的何かを近代化(現代化)させたものを作り出しているという側面もあるように思う。まあ、普通に考えれば、文学研究なわけだが、仏教思想という観点から仏教関連の研究者が書けば、まったく違った趣になるだろう。

「近代仏教」という枠組みが重要であることも承知しているし、そこに豊富な研究が蓄積していることも分かる。ただ、仏教思想という場合は、教団や宗派およびそこから影響を受ける人以外にも、スポットを当てたものも読みたい。なお、自分でも一冊の本に要求し過ぎなことくらい分かっているのだが、仏教研究者なら碧海さんじゃなくても誰かが何とかしてくれそうと思うので、書いておきます。
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