2017年03月03日 (金)
法政の大先輩である本田一成さんから新著『チェーンストアの労使関係』をお送りいただきました。ありがとうございます。ここ数年読んだ本のなかでもっともすごい本なんじゃないかなと思うくらいです。大著なんですが、これも本田さんからすれば、詳細に書いた紀要論文のダイジェストという性格なんですね。とにかく、冲永賞をはじめ、今年の労働関係の賞は総ナメだと思います。労使関係に関心ある人は読むべきです。
まず、この本は労使関係史という形を取っていますが、経営史、産業史という色合いも強く持っています。私も十年くらい前までの産業史しかフォローしていませんが、日本経済史系の産業史には、実は労使関係研究ではあまり重視されない隅谷三喜男の『日本石炭産業史』以来、労使関係を重視するという視点がある時期までありました。一人が打ち出してもフォロワーが学説史をきちんとする人たちじゃないと定着しないのですが、少なくとも経済史では武田晴人先生や橋本寿朗先生がその役割を果たしたわけです。でも、本田さんは別にそうした文脈でこれを書いているわけではない。産業史も徐々に、労使関係色が弱まっていっていますし、歴史研究といっても、その時代の世相を反映する側面があるので、こんなに労働運動が退潮すれば、現在の若手に労使関係を重視する視点を期待するのがそもそも無理なのです。でも、その空白のところを埋める研究が強い意志をもって、というよりは危機感とともに出てきた、とも言えるでしょう。
もう一つ、本田さんは労使関係研究のなかでは異色で、労働組合側からだけ見ずに、会社側から見ます。単純なところで言えば、本田さんの既に出された研究は経営研究です。本田さんが法政の経営出身ということとも関係するんでしょうけれども、経営という視点が実は一貫している。本書で本田さんが採用したのは高宮誠さんの研究ですが、結局、高宮さんが早くに亡くなってしまったこともあって、経営学のなかにちゃんとした労使関係研究が日本では根付かなかった。これは惜しむべきことです。その視点を本田さんは継承しています。実は、日本ではなぜか組織論的に労働組合を分析するというのがあまり流行らなかった。ウェブ夫妻の古典を読むと、組合の組織研究ですし、実際にある世代までというか、労使関係研究を志す人は一度はウェブ夫妻の本を読んでいるわけですから、考えてみれば不思議なことです。ただ、念のために言っておきますが、先人が組織という問題を考えなかったわけではなく、あくまで研究という形式になったときに、組織が前面に出てくるものが少なかったということです。他の分野もそうかもしれませんが、労使関係研究って口伝も結構、多いよなという気もしますね。
私は紡績業を研究していたからよく分かるんですが、ゼンセンは繊維の組合で、その最初の組織は日本紡績協会や紡績大企業の存在なしでは成立し得なかった。ですが、誕生時こそそうであれ、組織を見比べてみれば、あの当時の紡績企業のいずれよりも多角化に成功したのはゼンセンです。会社とか組合とかを外して、単に組織として注目すると、ゼンセンほど興味深い対象はたしかにないわけです。そこに切り込んでいった、というのが一つ。ただし、もう一方で、この本はあくまでチェーンストアという小売業界から接近している。だから、小売り組織化の歴史のなかでゼンセンは重要なんだけれども、その前の時代についてももちろん、分析されています。その上でゼンセンが分析されています。
言い換えれば、この本は多角化したゼンセンという組織の原理を一方で分析していて、他方でチェーンストアという産業の労働運動を分析しています。そういう意味では、労働組合側からだけれども、多角化と産業の関係を論じた面白い視点として読むことも出来ます。だから、従来の産業史が日本経済史をベースにしていたとすれば、これは経営史的なアプローチで産業史を描こうとしたともいえるんだけれども、その対象が会社側からというより、労働組合と労使関係からというところが二重に面白いですね。これは日本ではゼンセン以外では成立し得なかったと思います。
この本全体は、結構詳細なケースなんですが、他方で本田さんはすごく理論的にも考える人で、ゼンセンの組織原理をZシステムとか、Z点とかいう概念で提示しています。まあ、ZはゼンセンのZなんでしょう。ただ、この点は推薦文を書いた逢見連合事務局長もコメントを控えていますが、私もどれくらい言えるのかはよく分かりません。私の理解したところだと、Z点とは量が質に転化した時点で、その量とは流通部門の拡大です。大産別主義と強固な内部統制を軸にしながら、それがどこかで転換したと見ている。
具体的な論点は、それこそすごく面白いですし、労働組合の活動について知るためにも本当に重要なことが網羅されていると言っていいと思います(労働時間、賃金、一時金、レクリエーション、大企業労組と産別、ナショナルセンターの関係など)。ただ、その詳細をここで書いてもあまり意味がないので、紹介しません。こういうのは何人かと勉強会をやりながら、議論するのがいいかなと思っていて、現在企画を構想中です。まあ、しかし、私が戦後労働史に取り組めるとしても、数年後だなあ。
まず、この本は労使関係史という形を取っていますが、経営史、産業史という色合いも強く持っています。私も十年くらい前までの産業史しかフォローしていませんが、日本経済史系の産業史には、実は労使関係研究ではあまり重視されない隅谷三喜男の『日本石炭産業史』以来、労使関係を重視するという視点がある時期までありました。一人が打ち出してもフォロワーが学説史をきちんとする人たちじゃないと定着しないのですが、少なくとも経済史では武田晴人先生や橋本寿朗先生がその役割を果たしたわけです。でも、本田さんは別にそうした文脈でこれを書いているわけではない。産業史も徐々に、労使関係色が弱まっていっていますし、歴史研究といっても、その時代の世相を反映する側面があるので、こんなに労働運動が退潮すれば、現在の若手に労使関係を重視する視点を期待するのがそもそも無理なのです。でも、その空白のところを埋める研究が強い意志をもって、というよりは危機感とともに出てきた、とも言えるでしょう。
もう一つ、本田さんは労使関係研究のなかでは異色で、労働組合側からだけ見ずに、会社側から見ます。単純なところで言えば、本田さんの既に出された研究は経営研究です。本田さんが法政の経営出身ということとも関係するんでしょうけれども、経営という視点が実は一貫している。本書で本田さんが採用したのは高宮誠さんの研究ですが、結局、高宮さんが早くに亡くなってしまったこともあって、経営学のなかにちゃんとした労使関係研究が日本では根付かなかった。これは惜しむべきことです。その視点を本田さんは継承しています。実は、日本ではなぜか組織論的に労働組合を分析するというのがあまり流行らなかった。ウェブ夫妻の古典を読むと、組合の組織研究ですし、実際にある世代までというか、労使関係研究を志す人は一度はウェブ夫妻の本を読んでいるわけですから、考えてみれば不思議なことです。ただ、念のために言っておきますが、先人が組織という問題を考えなかったわけではなく、あくまで研究という形式になったときに、組織が前面に出てくるものが少なかったということです。他の分野もそうかもしれませんが、労使関係研究って口伝も結構、多いよなという気もしますね。
私は紡績業を研究していたからよく分かるんですが、ゼンセンは繊維の組合で、その最初の組織は日本紡績協会や紡績大企業の存在なしでは成立し得なかった。ですが、誕生時こそそうであれ、組織を見比べてみれば、あの当時の紡績企業のいずれよりも多角化に成功したのはゼンセンです。会社とか組合とかを外して、単に組織として注目すると、ゼンセンほど興味深い対象はたしかにないわけです。そこに切り込んでいった、というのが一つ。ただし、もう一方で、この本はあくまでチェーンストアという小売業界から接近している。だから、小売り組織化の歴史のなかでゼンセンは重要なんだけれども、その前の時代についてももちろん、分析されています。その上でゼンセンが分析されています。
言い換えれば、この本は多角化したゼンセンという組織の原理を一方で分析していて、他方でチェーンストアという産業の労働運動を分析しています。そういう意味では、労働組合側からだけれども、多角化と産業の関係を論じた面白い視点として読むことも出来ます。だから、従来の産業史が日本経済史をベースにしていたとすれば、これは経営史的なアプローチで産業史を描こうとしたともいえるんだけれども、その対象が会社側からというより、労働組合と労使関係からというところが二重に面白いですね。これは日本ではゼンセン以外では成立し得なかったと思います。
この本全体は、結構詳細なケースなんですが、他方で本田さんはすごく理論的にも考える人で、ゼンセンの組織原理をZシステムとか、Z点とかいう概念で提示しています。まあ、ZはゼンセンのZなんでしょう。ただ、この点は推薦文を書いた逢見連合事務局長もコメントを控えていますが、私もどれくらい言えるのかはよく分かりません。私の理解したところだと、Z点とは量が質に転化した時点で、その量とは流通部門の拡大です。大産別主義と強固な内部統制を軸にしながら、それがどこかで転換したと見ている。
具体的な論点は、それこそすごく面白いですし、労働組合の活動について知るためにも本当に重要なことが網羅されていると言っていいと思います(労働時間、賃金、一時金、レクリエーション、大企業労組と産別、ナショナルセンターの関係など)。ただ、その詳細をここで書いてもあまり意味がないので、紹介しません。こういうのは何人かと勉強会をやりながら、議論するのがいいかなと思っていて、現在企画を構想中です。まあ、しかし、私が戦後労働史に取り組めるとしても、数年後だなあ。
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