現代では、労働問題にせよ、社会福祉にせよ、いわゆる社会的弱者に対する問題関心からスタートしたことによる、思考の縛りがどこかしらにあるのではないのか、と考えることがある。

たとえば、労働問題はもともとブルーカラーを対象にしていた。19世紀末日本の職工はまだまだ社会的弱者であり、彼らには生活面においてもしばしば救済が必要であった。時は流れて、戦後、ブルーカラーとホワイトカラーの身分差が撤廃されたにもかかわらず、労働問題研究や労使関係研究の中で扱われるのは、相変わらずブルーカラーであることが多かった。こうした現象は技術革新の大部分を外生変数としてきたこと、および内生変数と捉えても、QCサークル活動がやたらと強調されてきたことと無関係ではない。それによって見逃されたことも多いのではないか?ホワイトカラーの研究が少しずつ始まったのはここ20年くらいのことに過ぎない。

社会福祉は社会事業の流れからして「援助」が基本にあった。そして、今もある。社会福祉の領域が大きく転換したのは、いわゆる高齢化社会が喧伝されるようになった1970年代ごろからだが、やはりそこでの第一の問題は、介護という援助、である。そこから、家族の問題、ジェンダーの問題へと領域を拡延していくのである。私は以前、社会政策の根本が貧困問題にあるという趣旨のタイトルをつけたことがあったが、あれは実はやや誇張されている嫌いがある。というのも、系譜論的に言うと、貧困研究は社会福祉(社会事業)の延長線上に位置づけられるが、本来、社会事業は何も貧困者だけを対象にしていたわけではない。ただ、貧困者のうちに社会問題を見つけやすいので、中心であったというだけに過ぎない。それは単純に貧困によって生活困難(要支援)の状態に陥るというだけの意味ではない。たとえば、精神病患者が貧困者層と富裕層の間でどのように分布しているか明らかではないが、富裕層だったら自宅に隠しておくことも出来るが、貧困層はそんな余裕はまったくない。そういう意味で貧困層はそこに踏み入って真剣に調べれば、不謹慎な言い方だが、様々な社会問題を発見できる宝庫であったともいえる。

中西先生の『日本近代化の基礎過程』や東條さんの製糸女工の話は、方法的には非常に魅力的で、社会のある細部をそれこそ微細に観察することによって、社会そのものを観察しようとしている。その意味では、貧困層を徹底的に分析することで、社会の深部に辿り着くという道筋も荒唐無稽とはいえないだろう。実際、なんらかのメンタルな問題を抱えて産業社会を脱落せざるを得なかった者がホームレス社会の中に存在したとき、その人の脱落せざるを得なかった原因を解析することは、産業社会の構造を分析することに繋がるかもしれない。もちろん、我々は、かつてフロイドの精神分析が「精神障害者ばかりを扱って人間精神を明らかにできるのか」という疑問を再三再四、投げかけられたように、こうした仮説に同じロジックをぶつけることだってできる。

冒頭のブルーカラーの話だって、こういう枠組みが多くのことを明らかにしてきた事実は否定できない。それと同時に限界があることも意識しなければならないだろう。結局、また、バランスだよね、という当たり前の結論に辿り着いてしまうわけだが・・・、正味のところ、結論自体は大した意味はなく、こうしたウダウダいうプロセスをたまに思い出すのはいくばくかの意味があるかもしれない。強みと限界は基本的な話なので知ってるようでいて、だからこそすっかり忘れてしまったりするからだ。


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コメント
中西先生の三菱研究も東條さんの製糸女工研究も、「弱者」研究ではないですね。
中西先生の三菱なんかは、むしろ日本産業社会黎明期の無名の英雄譚といった方が……先生自身「エリート」への関心を何度か明言されていたし。
2009/08/18(Tue) 07:38 | URL | いなば | 【編集
まったく仰るとおりです。
実はこの記事、書いている途中で書き直したら、少し趣旨が変わってしまいました。
この貴重な研究にこういう形で触れてしまったのは失敗です。
何れ書き直します。ありがとうございました。
2009/08/18(Tue) 08:39 | URL | 金子良事 | 【編集
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