では、濱口先生からお声が掛かったので、語ってみましょう(笑)。

細かい歴史的な話をする前に、社会保障という観点からあの本を捉えるというのは、現代的なトピックとしてはもっとも大事な視点だと思います。私も最初に読んだとき、第3章を読み終わった時点でそう思ってました。なんでそう思ったかというのは、端的に言うと、勘なんですが、ただ、根拠がまったくないわけではない。でも、説明すると長いから、スルー。でも、本当は社会保障の話を誰か専門家の方に膨らませて欲しいなぁと思っています。

さて、ではそろそろ、雑談の方に。いろんな話があるから、全部拾えるかどうか分かりませんが。

まず、世間で誤解があるのは財界のイメージです。昔の財界にはいわゆる「人物」が何人かいました。が、その話はひとまず措いておいて、財界人というのはおしなべて、今も昔も現実感覚があるんです。そこへ行くと、官僚には三つのタイプがある。現実感覚のある人、机の上だけで物事が分かると思っている人、本当に机の上で分かっちゃう人(人からの報告を聞いたりして)。なんで、こんなことを言うかというと、明治の官僚はまず、調査をすべきだとは考えなかった。当時の所管官庁は農商務省ですが、そのなかで調査を重視すべしというのは「興業意見」を書いた前田正名一派です。でも、明治20年代後半の工場法をいざ作ろうという段になったら、もう省内での争いに負けて外野にいた。で、「実業之日本」なんかで啓蒙活動をやっていたのです。だから、農商務省は調査やる気なんかなかった。

その当時、まだ財界クラブはなかったし、業界団体も、今なお名前を変えない硬派(?)な大日本蚕糸会、それから大日本紡績聯盟くらいでした。前者は啓蒙プラス研究をやる団体ですね。紡聯はもともと商人の集まりですから、利益(調整)団体だったので、立派にそういうことを議論できる土台があった。紡聯の連中は「いきなり法律作るんじゃなくて、まずは調査をやってくれ」と要求し、自分たちも実際に調査してるんですね。それが「紡績職工事情調査概要報告書」です。職工事情のように情緒的な部分が少ないのでよい調査だと思ってます。職工事情は調査方法も牧歌的だしね。なお、両方、近代デジタルライブラリーで読めますよ。

農商務省もじゃあ、調査をやろうということにはなったんだけど、人がいない。そこで呼ばれてきたのが窪田静太郎です。窪田は後藤新平に薫陶を受けた衛生局のエース、社会事業史・社会福祉史をやっている人なら誰でも知っています。もし、聞いてみて知らないようだったら、よっぽど勘が悪いので、他のことを聞くのもやめた方がいいでしょう。それくらいの人物です。彼が親友の桑田熊蔵なんかを引き込むんですね。工場法を作ったのは岡実と言われていますが、実際に基盤を作ったのは窪田たちだった。後に、窪田はそういう回想を座談会か対談で喋ってます(窪田静太郎集のどこかにあるはずです)。よほど自負があったのでしょう。工場法の土台がどう出来ていったか詳しく知りたい方は下田平先生の「明治労働政策思想の形成」をぜひ読んでください。

財界というより、工場法が遅れたのは日露戦争ですね。これはどちらかというと、ロシアのせいです。戦争のせいで国勢調査も中止になった。ただし、後藤が民政官だった台湾だけやった。このときの調査は今でも台湾の民俗史では貴重な財産です。李登輝さんはそこをよく分かっているんでしょうね。やっぱり教養があります。でも後藤新平の話は今日は割愛。

明治40年代に入ると、繊維業界は調整に入ります。このとき、反対したのは中小です。大企業はむしろ、やって欲しいと思っていた。これは単純に労働市場における立場の違いです。要するに、大工場をいくつも持っている会社はあまりあこぎなことをやっていると持たない。だから、安定的に労働者を供給してくれる地域とは出来れば仲良くしたい。大企業は性質の悪い工場のせいで募集地で迷惑を蒙ったというだけでなく、もっと端的に自分のところから労働者を奪われたりしましたからね。とはいえ、有名な企業の職員であることで偉くなったと錯覚して、悪いことをするやつもいる。それは今も昔も変わりません。

ただ、紡績業の皆さん、制定法でいろんな慣習を変えることにはきわめて警戒した。制定法が慣習を壊すときは、よい慣習か悪い慣習か区別しないですから、ある意味では真っ当な意見だったと思います。

ああ、そうそう。この時代は渋沢じゃないけど、みんないろんな業界と繋がっているから、主要な人たちは本拠地を別に持っていたとしても、何らかの形で繊維業界と繋がってたんです。たとえば、森村市左衛門は商社(森村商事)、陶器(ノリタケ)ですが、富士紡の主要株主でキーパーソンでした。

書きすぎたので、そのうち、続きます。
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