先日のtwitter、読みましたよ。例の出し方が悪かったかな。具体的に話すのと理論的な考えをどのように結び付ていくのか、なかなか難しいと今更ながら痛感。ちょっと補足しときます。

私も別に職人論をやっているつもりはなくて、基本的に凡庸な人々の技能の話を論じているつもりですよ。でも大工さんや美容師さんの例は混乱を招く元でした。一応、基本的な枠組みについて確認しておくと、私の議論の前提には、小池先生の労働力別の段階論の話があります。簡単にいうと、第一次大戦くらいが転換期で、技能形成の主な場所がクラフトの時代から(大)企業の時代へと変わっていく、そういう認識です。大工の例は、でもね、企業の時代だって、クラフト的なものもあるよね、という当たり前の確認です。これからは出来るだけ、前提を設けないで書くようにします。

私が想定しているクラフト型世界は、資格社会といわれるドイツですよ。でも、基本的に資格でも、職種でもいいんだけど、その内容がカチッと固めちゃってしまっては、技術革新にキャッチアップしていくにはあまり適さない。だからこそ、世界的にjob enlargementという動きがある。これは職種の幅を広げよ、という意味なんですね。そういう意味じゃ、日本企業の方式は全然、間違っていない。そのことを認めた上で議論を積んできましょう。

で、おそらく、労働系ブログのに興味がある方は、当然、hamachanのここ数日の議論も参照されているので、それとの比較で書いた方が分かりやすいでしょう。
能開大が「ムダ」であるという思考形式の立脚点
企業の責任と公共の責任

最初に立場的な表明をしておきたいことがあります。私は労働行政に携わっている方々が自らの職務に自信を持たずに従事しているというような、不幸な状況があるかどうか知りません。しかし、もし仮にそういうことがあるならば、喫緊の課題として、それが偉大な仕事であることをちゃんと認識してもらわなければならないと思います。この問題は優先順位第一でして、それに比べれば、理論的な話などは重要性が落ちるので、いつだって取り下げ立っていい。ただ、主観的には、これから展開する私の議論はその先のことを論じようとしています。

私の考え方の前提にあるのは、職業訓練であろうと、法科大学院のようなところであろうと、学校はせいぜいエントリジョブまでしか出来ないということです。そういう意味では、労働市場とうまく連結した方が、というより、セットになって初めて機能的であるわけです。再訓練の意味もそうですよね。再訓練して技能を高めただけじゃダメで、それを使う場がなければ話にならない。実際、職業訓練と失対は表裏一体の関係にあるわけです。

もちろん、社会人大学院のような形で、ジョブ(ないしメンバーシップ)を確保したまま、学校を使うこともやり方によっては意味があります。また、技術系でも理論的な思考が出来ないと壁があるということで、その壁を乗り越えるため、これを後から身につけるという方法もあります。これにはかつての八幡の作業長教育のような内部制もありますが、戦前の富士紡に見られた優秀なブルー上がりの職員を上級学校に入れなおさせる外部利用制においては学校は意味があります。そのほか、いつもの職場と違う人との交流がプラス効果を生む可能性があります。しかし、これらは捨象しておいてよいでしょう。

何れにせよ、私が言いたいのは、企業であれ、クラフトであれ、その後、技能が上昇していくというメカニズムです。問題はポート・オブ・エントリ。バルカナイザーションした(分断化された)労働市場は、しかし、まったく孤立しているわけではないのです。中途採用の道だってあるのです。

私がメンバーシップ論に反対なのは、その硬直的な理念型的理解のせいです。特に、日本こそは内部昇進型、ないし(狭い意味での)内部労働市場がピッタリあって、だから、転職が難しいなどという間違った認識を広めかねない。そういう愚かな日本特殊論に堕してしまうのではないかと危惧しているのです。おそらく労働の世界では常識的なことだと思うのですが、先任権の確立したアメリカのブルーカラーなどは内部労働市場の入口は最下層しか存在せず、よほど日本よりも頑健な制度です。昇進は一日でも早く入社した者から希望順、解雇は一日でも遅く入社した者から順番です。ロッキー3でロッキーが精肉部門の仕事を解雇されるシーンがありますが、彼が解雇された理由がまさに一日入社が遅かったな、というものでした。ちょっと古いですが、こういう問題に興味のある方はジャコビーとキャペリの論争を読まれるといいでしょう。日本と同じように市場主義→流動的な労働市場の成立、という文脈がアメリカでも考えられたわけですが、彼の国ではこのように冷静な論争が行われていたのです。内部型が消滅する証拠なんてないじゃんというのがジャコビーさんの立場ですね。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110000970418
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004692271
http://ci.nii.ac.jp/naid/40006337208

日本では伊藤健市先生がこの論争を訳されていて、それがネットで読めるというなんとも幸せな環境が整っています。キャペリ『雇用の未来』もあわせて読むと、もっと理解が深まると思います。内部市場ありき。そこに接岸するにはどうすればよいか、です。

続きはまた、今度。
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