夏学期の終わりに復興食堂に遊びに来てくれた学生と一緒に帰ったことがありました。そのとき、彼が興味深いことを言ってました。私の講義は難しいし、全部理解できているとも思っていないけれども、それでも緊張感があるからいいんだ。どういうことかと思ってもう少し詳しく聞いてみると、今、大学では高校生までの復習のような簡単な授業もあって、そんなものは教科書を読めばわかるので、寝てしまう、と。正直に言えば、メチャクチャ嬉しかった。でも、そういう意見もあるんだなと客観的に聞いている自分もいました。

大学の講義の意味って何だろうというのは、私もそこに関わるものとして素朴に考えます。大上段に構えれば、ミルの『大学教育について』のような考え方に私も基本的に賛成します。ただ、逆に言うと、職業訓練だって突き詰めて言えば、実践的に役立つ知識だけを教えているわけではないんだと思うので、この二分法がかえって不要な混乱を招いているような気がしないでもない。たとえば、旋盤の動かし方は実践的な技能かもしれませんが、新井さんが教えるコミュニケーション・スキルのようなものは、すぐに役立つというより、今後その能力を伸ばして行く上での基盤的な能力とでもいうんでしょうか、そういうものを培うものだと私は思っています。そうすると、これは昔から「教養」と呼ばれてきたものと境界が難しくなる。まぁ、実態としてはそれでいいんでしょう。

冬学期の私の非常勤の講義は「労使関係」と「生産・人事管理」です。非常にざっくり言ってしまえば、「労使関係」の方は合理的にゴリゴリ押して行っても最後にはグレーなところがあるよ、というような「交渉」を理解する上での重要なことを身につけてもらいたいなぁと思います。「生産・人事管理」はその逆で20世紀の企業人(工場人)は合理的をゴリゴリ推し進めていって、ここまで到達しましたよ、というところを紹介したい。そういう意味では両方が近いんだけど、両極かもしれません。だけど、こっちじゃない極もあるんだよ、という世界をチラチラと紹介しながら、進めていければいいですねぇ。
2011年5月21日、22日。いや、明日、明後日、待ちに待った社会政策学会ですね。私も多分、朝から参加すると思います。見つけた方は気軽に声をかけてください。とくに被災地関連の活動をやってらっしゃる方、それから、被災地域の先生方、いろいろお話しできればうれしいです。どうぞよろしくお願いします。
明日は待ちに待った社会政策学会。

といいつつ、法政の市谷図書館によって、清水義弘関係の本を更新してこなきゃならない。そして、そのままだと重いので、研究所に立ち寄って本を置いてそのまま早稲田へ。ということは、どう考えても、会場に着くのは10時を回るわけで、結論だけ言うと、榎さん、谷本先生、ごめんなさい。それにしても何もオランダ戦の日に学会をぶつける必要ないよな。二次会ではサッカーの見られる会場へ移動することを希望したいと考えております。

一度もお会いしたことない方でも、気軽に声掛けてくださいね。懇親会も出るつもりです。ただ、以前に書いたブログの内容は本人は忘れている可能性もあるので・・・、そこはひとつよろしくお願いします。
日本女子大の現代女性キャリア研究所でPD研究員をやることになりました。ただ、今、更新が滞っているのはそのこととはまったく関係なく、4月12日に死守すべき原稿の締切りを2本抱えているためで、それが終わった頃にはまた少しずつペースを掴んで、書いていきたいと思います。今年度もよろしくお願いします。
エントリを立て続けにあげといて、外在的な話ばかりですみません。今回は方法に関する話で、一部の研究者しか読む必要ないものです。

歴史研究者として松井さんの資料の博捜ぶりには驚かされる。実際、新事実をいくつも発掘している。しかし、正直に言うと、第一章と第二章はほとんどの部分が退屈であった。「同・性愛」「同性・愛」であろうとどちらでもよい。もし江上河合伝のその記述が間違いであっても瑕瑾に過ぎないと思う。全体的に理想主義者という解答の起源探しと感じざるを得ない箇所がいくつかった。たとえば、個人教師であった村松楽水との関係である。
白柳が村松のところに出入りしていたちょうどその頃、河合も村松の教えを受けていたことになる。河合が社会問題に本格的に関心を示すのは、大学に進学してからであるが、この時期すでに、村松の社会問題・社会主義観を多少は聞いていたかもしれない。村松は、平民社の幸徳秋水や堺利彦らの革命を声高に訴える社会主義を排撃し、社会改良主義を標榜して消費組合運動など実現可能な運動から着手する加藤時次郎の社会主義思想を高く評価したというが、後年河合がマルクス主義を批判して、穏健なイギリス社会主義に関心が向かう要因の一つはここにあったのではないか。

そんなことは分からない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。前エントリで指摘したように、村松との関係を発掘したこと自体は松井さんの考証の勝利だが、その解釈となると話は自ずから別の話になる。近代文学の考証のパイオニアであった関良一を深く尊敬した谷沢永一はこんな厳しい一節を書き記している。
文学研究の真髄は考証であり注釈である。しかし考証の対象は語句に限られる。絶対にそこまでである。作家詩人の内面を心情を、考証する方法はない。それは作品に接した者の直観によって決まる。
 考証は非常に大切である。しかしその方法には限界がある。考証とは別な文学研究の方法もまたありうるのである。
 以上、考証について口幅ったいことを申し述べた如くであり、顧みて忸怩たるものがある。私は中学時代および中年の最も精進できるはずの数年、強烈な鬱症に襲われて勉強できなかった。ゆえに考証学を我が物にできなかった。私の考証論は虚しい憧れに過ぎないのである。『大人の国語』569頁

文学研究を思想に置き換えても同じことが言えるだろう。谷沢自身の「考証とは別な文学研究」はおそらく『文豪たちの大喧嘩』に極まり、その他に初期の文芸評論なども参照すべきものがある。ちなみに、個人的な好みを措くならば、ヴェーバー、フーコー、ハーバマスもまた、考証とは別な思想研究の最高峰であることは疑い得ない。

松井さんの研究はさすがに文学部の歴史研究だけあって、その考証は筋金入りである。たとえば、私が引用した箇所のすぐ後ろで松井さんは河合の「項羽論」と蘇峰の『吉田松陰』の文体を比較し、その影響を論じている。これなどはこの本の中に含まれている数多くの新しい事実発見の一つである。

だが、考証ということを外すと、思想研究としてこの本への私の評価は低い。これならば、河合栄治郎を読み返した方がよい。当然ながら、研究に対する真摯な思いと、その内容の当否は基本的には別である。なお、この山下ゆのさんの書評及びコメントのやり取りも参考になる。

次回は社会政策についての論点を書いて最終回。多分、簡単に書けるので、今日中にはあがります。