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土曜日に参加した吉田久一シンポジウムについて、備忘録がわりに少し書いておく。というか、長くなったので、ブログエントリにしよう。

今回のシンポジウム、参加してよかった。吉田久一展を拝観してきたこと、その図録をいただいたこと、さらに追悼本を購入して、そのときの関連論文集をいただいたこと、そして、何より吉田久一と縁の深い湘徳大学に実際に行ってみて、その関係者の息吹というか熱量に触れたことは、なかなか得がたい経験だった。日本仏教社会福祉学会、社会事業史学会、日本近代仏教史研究会の3学会共催というのも新しい試みで、それをどういう形になるか分からないけれども、続けていこうということになったのは素晴らしい。

学術的な内容という意味では、なかなか課題も多い気がしたのも事実である。まず、相互の使っている用語が異なっているので、意思疎通が難しい。全員、講座派を知っていて、理念型を知っていて、戦後啓蒙主義者のものを読んでいて、というような状況は今は望めない。そういう中で、どうやって橋頭堡を築いていくのかはかなり難しい課題である。

私は、正直に言えば、社会事業史研究側には少なからぬ違和感があった。あの『社会福祉学研究の50年』のなかで何度も大河内理論(ちなみに、社会政策分野で言う総資本による総労働の保全というあれではなくて、日本では資本主義が十分に発達していないので、社会政策が貫徹し得ず、その穴を埋めているのが社会事業であるというやつである)について語られているのだが、丸山とか講座派とか関係ない名前はバンバン出てくるのに、大河内の名前が一度も出てこないのは驚いた。念のために言うが、私はこのような意味での大河内社会政策論も大河内社会事業論もすぐにでも清算してほしいと思っている。

関連して言うと、野口友紀子さんの研究とかもスルーなのはなんでだろうと思った。あれは結構、勇気ある問題提起だったと思うけれども、黙殺はよくない。昔、野口さんから本をいただいて、エントリを書いたのだが、今見返すと、facebookの反応が430もついていて、ビビった。誰が読んでるの?

段階論については、講座派の克服という話がされていたが、それについては日本ではないけれども、方法論的に岡村重夫が試みたわけで、そういうものへの言及がなかったり、そもそも経済史の認識が50年くらい前のものであったりと、あとは細かいことは書かないけれども、いろいろ驚いた。

それに比べると、仏教側はすごく元気で、こんなにシンポジウム中に自分たちの本の宣伝をする人たちを初めて見たが、それはそれでよかったと思う。

用語の問題で言えば、まったくかみ合っていない「実践」という言葉はもうちょっと精査する必要があるだろうと思った。ざっくりいえば、仏教における実践とは、素人がイメージする限りでも「行」を含めた宗教体験のことであり、必ずしも社会運動的実践ではないだろう。もちろん、吉田がそういう活動の中から信仰を深めることについて語っていて、それを大谷さんが引いていたんだけれども、それは一つの考え方であり、個人的には共感するものの、議論が必要なところだと思う。だから、やっぱり二つは違うものと捉えた上で、その意味を考えることを課題としたい。ちなみに、これは前に読んだ蓑輪先生の『日本仏教史』の着想に触発されていて、まだ始まったばかりなんだろうなという気もしている。でも、宗教体験は宗教関連の思想では重要で、碧海さんの『入門近代仏教思想』や稲垣先生の『カトリック入門』はそういうところを押さえている(碧海さんの本は別にエントリを立てます)。

正直に言うと、一応、吉田の主要な著作は持っているのだが、吉田の研究がこれからの導きになるかというと、それは難しいだろうと思う。吉田の著作を読むと、謙遜もあるが、細かいことに拘泥するよりも(十分細かいことをやっているのだが)、とにかく概観を示すことが開拓者の役割であることをよく自覚していた。そういう意味で、フロント・ランナーは専門分化せずにいろんな議論が出来るので、吉田を通じて学際的対話のきっかけになるということはあり得る。まあ、仏教史どころか、社会政策と社会福祉さえも対話してないからな。。。

もう一つ、ずっと議論になった「近代」と「現代」の区分の話。モダニティをどう考えるのかというのは60年代以来の西洋でも一つの重要なテーマだと思うが、現代というのは、その世代で揺れる。近世の定義もそうだし。現在に近いところは時間の経過とともにズレてくるし、同じ生きているものでも世代が違うと感覚がズレるのは避けられない。それでも、モダニティで理解する局面はあって、それがなんであったのか、それを切り取った後に設定できる時期とは、という問題提起はあり得る。あり得るが、ポストモダンが言われてからもう少しで半世紀だからなあ。
70年代以降の教育社会を考えているが、なかなかまとまらない。とりあえず、メモ代わりに。一つの論点は、教育と福祉。

ただ、この教育と福祉の関係がすごい複雑。なぜなら、社会福祉の側がもうちょっとまとまっていたら、話は違っていたと思うんだけれども、時期によって重点がズレすぎていて、参照基準としてはなはだ頼りない。

今、一つの立脚点は、岩田正美先生の一般化と特定化という発想だと思う。これで行くと、高度成長期までの日本では、特定化の方はあきらかに障害者の特別支援教育、それから保育であろう。逆に、これを一般化と言ってよいのかどうか微妙だが、より広範な問題として捉えられていたという意味で、貧困である。

社会福祉の中心が貧困であった時代は、たとえば籠山京のような研究があり得たわけだが、70年代以降になると、そういう貧困から生活を見つめる流れは衰退して、もっぱら児童福祉という観点になっていく。これは勤労青年問題がなくなったことも大きいと思うが、どうだろうか。特定化に流れない方は、幼保一元化の話としての保育の問題が重要トピックになる。

70年代の後半に城戸とか、小川とかが座談会をやっていて、これ小川の全集にも社会・生涯教育文献集にも収められていて、それだけ重視されてきたということだと思う。座談会だから重要論点がいっぱいある。そのなかで、一つのテーマは、教育とケアをつきつめていくと、共通するのではないかという問題意識である。だから、具体的な問題として、幼保一元化を取り上げても、それは一ケースであって、もっと普遍的な教育=福祉と捉えうるパースペクティブを持って、小川なんかは教育福祉学という領域を切り開こうとしたんだと思う。が、誠実にいろんな学説に目配りしすぎて、この問題意識が見えにくい嫌いはある。ただ、この視点はほとんど継承されてないんじゃないか。

時はめぐり、子どもの貧困が問題になると、貧困リバイバルになる。福祉=貧困になる。日本だとここ10年のことである。学問的に言うと、深刻な社会問題を扱うのは楽な面がある。要は、方法的に、あるいは思考として、それを扱う研究者がつきつめてなかったとしても、問題の深刻さという下駄を履かされて、とても大切な重要な問題を扱っていると認めてもらえるからである。

私の個人的な考え方では、子どもの貧困は親の貧困が元であり、その顕現する、あるいは把握可能になる場所が学校という教育の場であるという意味において、社会福祉研究の応用問題、教育編という風に捉えている。教育のロジックに内在的に行くならば、教育とケアの共通性の探究は一つの方向ではないかと思う。

思うが、同時に、この問いの立て方はきわめて日本的であるとも思う。この生活指導的側面という性格がたぶんにあるからだ。ここら辺を問題にしているのが、松田忍さんだったり、冨江直子さんだったり、する。それとドイツ新教育やアメリカ・プラグマティズム的新教育の輸入はどう関係したのかしないのかにも繋がってくるだろう。まあ、ここら辺は社会教育史研究とつきあわせる必要がある。ということは、ここでも小川利夫だが、小川の社会教育史は時代の影響もあると思うが、ちょっと講座派色が強いので、そこら辺の脱色も必要だろう。ここでキーワードは貧困から、といよりは、貧困を突き詰めていって出てきた「生活」に移ります。

今のところ、この問題で一番、突き詰めてるなと感じたのは、小林甫「生活教育研究と生活社会学の視座」。直リンク貼っておくので、書誌はそこで確認して下さい。布施鉄治の調査研究、すごくよいけど、理論的にはマルクス主義か。ちょっと展望が開けない感じだなあ。みんな、戦後の革新だからねえ、この時代にそうなるのはわかるけど。。。

とはいえ、これ、マニアにはたまらん論文ですな。言ってみれば、北大教育の歴史でもあるんだけど、人的にも学問的にも、城戸だったり、鈴木栄太郎だったりと繋がっていて、東大系では忘れられた、しかし、私はこっちがもともとの教育社会学のメインストリームにいた気がする。まあ、社会教育も小川利夫さんがまさにその中心だと思うけど、国民教育運動と近くになりすぎて微妙になったように思う。それは、この論文での結論、すごい大事なことなんだけど、疎外論か、ポスト・フォーディズムか、うーん。。。やっぱり、時代的制約を強く感じざるを得ない。
というわけで、かどうか分かんないけど、木村元『学校の戦後史』を読んでる。森さんたちの反応を見ているととても重要そうな本なので。


学校の戦後史 (岩波新書)学校の戦後史 (岩波新書)
(2015/03/21)
木村 元

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結果から言うと、とても面白かった。一番、面白かった点はこの本のディシプリンがなんだか分からないくらいにいろんなことが書いてあることだと思う。学校の社会史でもあるし、社会の中の学校史でもある。教育内容(カリキュラム)に踏み込んでいるところは教育プロパーという感じで、教育社会学っぽい雰囲気ではない。

その上で、もっと社会政策史研究がしっかりしていたものが出ていたら、この本はきっともっと豊かになっていただろうなと感じるところが多くあった。これはどう考えても著者の責任ではなく、社会政策研究者の方の責任だろう。こういう立派な本が出たのだから、我々はこれをどうやって摂取して、豊かなものを書けるかということを考えていかなければならないだろう。

現代を考える上で必読と言いたいけれども、新書として予備知識のない人に分かりやすい内容なのかどうかはよく分からない。分かんないけど、学校って卒業した後、どう変わってるかってよく知らないので、私には4章の現代の動向も新鮮で、断片的に聞いてた話が、ああそういうことなのかと教わることしきり。

個人的には、

・人口問題と社会政策(都市計画ないし国土計画の展開も視野に入れて)を考えること。それを踏まえて、『人口と教育の動態史』の成果を摂取すること。この作業において、地域と人口の動向は重要だが、そもそもこういう掘り下げ方が必ずしも社会政策分野でなされてきたわけではないので、そういう意味でも、まずは木村の研究から直接、学ぶことが多すぎる。あと、地域教育計画も出てたけど、越川さんの研究も大事。


人口と教育の動態史―一九三〇年代の教育と社会人口と教育の動態史―一九三〇年代の教育と社会
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戦後日本における地域教育計画論の研究―矢口新の構想と実践戦後日本における地域教育計画論の研究―矢口新の構想と実践
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越川 求

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・戦前、教育の位置づけを捉え直すこと。そんなに簡単に国家統制の一語で片付けられない。具体的には、地方改良運動の位置づけ、教育勅語の位置づけ、国家神道との関わり(近年の神道研究を踏まえて)、文部省の新教育の摂取(特に澤柳政太郎の試み)、成城学園での実験的授業とプラグマティズム、義務教育延長(4→6年)のタイミングでの成人教育の隆盛とそれを受けての義務教育延長(吉田熊次の18歳理想論)、阿部重孝だけではなく昭和研究会とりわけ内務省関係者の教育論、青年学校とは何か、学校の社会化と公民教育の隆盛と普選など、ちゃんと自分で同時代の文献などを見て、確認しないと何とも言えない。

・逆に言うと、戦前をわりと単線的に捉える「常識」の上に形成されてきた戦後の教育とは何かを考えること。

・やっぱり日教組研究は重要。特に労働運動史との関係で位置づけること(これ、そもそもTU研で私に課せられた課題だった・・・)

・ヨーロッパが近世の職業社会を作り替えて今のジョブ型社会を作ったことと、それとは別の形で、日本のメンバーシップ型社会を形成したことをちゃんと位置づけてから、職業教育や教育の職業的レリバンスを考えたいところ。ただ、これ、何年も前からやろうやろうと言っていて、放ってあるので、たぶん、やらない。大事な問題だけど。

・でも、それとたぶん関係あるんだけど、アメリカの専門職論、とりわけフレックスナーのそれは、近代学校による伝達可能な知識であることを成立要件の1つに数えていた。しかし、そういう専門職は1970年代に徹底的に批判され、固定的な知識よりも、いろんな状況に対応できる知、そのものが注目されるようになった。たぶん、この事情をよく反映したのが澤田さんご推薦のドナルド・ショーンの『省察的実践とは何か』。ショーン自身コンサルも経験しているのでこの本の中にはそういうことも含まれているが、経営学における組織学習のような話もここと関連する。そういう社会構造の変化の中で生まれてきた知と、その変化は経験してないけども、そこで生まれてきた知は輸入して、何らかの影響を受けている日本では、この問題をどう考えればよいのだろうか(ということを二宮さんのような経験と学識のある人に論じて欲しいし、それに対する教育の澤田さんからのコメントが聞きたい)。


省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考
(2007/11/15)
ドナルド・A. ショーン

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・「ケア」という論点は、教師の専門職性、福祉と教育との関係などを結ぶだけでなく、70年代以降の専門職全般の問い直しとも関係している。どこから手をつければいいのかまったく分からん。

・産業社会、消費社会、情報社会というような大雑把な言い方はいかがなものか、といつも思う。ただ、70年代が1つの画期だよねというのは、どうもいろんなところで、みんなが感じていると思うんだけど、どうやって表現すればいいんだろう。私はオイルショックで語ってるけど、それは賃金を語るときの狭いスコープだよね。産業社会から消費社会へというのは、二次産業と三次産業の逆転のことかな。

・学校の教育史の裏面史として塾の歴史も知りたい。学校以前の私塾。それを予備校がどう引き継いだのかとか。あと斎藤秀三郎の正則英語学校とかは学校化するけど、塾的雰囲気もあるし、というか、初期の私学はみんなそうか。もう少し後の時代だと協調会の研究にある農村の塾風教育。戦後の予備校の歴史(と変遷)。

・情報産業も歴史的変遷があって大量の情報処理という側面と、プロセス・イノベーションを伴うようなものと両方がある。偏差値が可能になったこと、共通一次試験によるマークシートテストなどは前者の文脈で考えなきゃいけないけど、それ以外のICT教育等はまったく別次元で考えることのように思う。よく分かんないけど、教育管理手法と、教育内容およびその手段という感じかな。

・外国人教育の問題は、外国人労働者問題と切り離すべからざる問題だけど、この分野は社会政策的にも重要テーマであっても、なかなか包括的なものがなくて難儀していました。最近、上林先生が『外国人労働者受け入れと日本社会』を出されたので、とっかかりにはなるかな。これまた、重要テーマだけど、勉強しなきゃならないなあ。


外国人労働者受け入れと日本社会: 技能実習制度の展開とジレンマ外国人労働者受け入れと日本社会: 技能実習制度の展開とジレンマ
(2015/03/31)
上林 千恵子

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といったところかな、これを読んで考えたこと。いずれにせよ、こんな薄い一冊なのに、すごく内容が濃くなっています。何より同時代史でもあり、今後どうなるのかということを示唆する内容も4章には散りばめられている。よく歴史研究に現代とどう繋がるのかという問いを投げかける人がいるけれども、現代というのは現代という一時代であって、たとえば、戦前の研究からそこまでつなげるのは本当に至難の業なんですよ。そういう意味で、歴史研究者(教育史)でここまで日本近代教育の来し方行く末を照らすというのはすんごいことです。折に触れて読み返したい本です。

ところで、上に書いたことを踏まえて、A4で15枚弱、1章で近代教育と社会政策の関係を論じたいんだけれども、無理なんじゃないかという気がしてきた。この本のあわせ鏡になるように書くというのはひとつのあり得べき方法だよな。
濱口先生にアンサーエントリをいただきました。ありがとうございます。私も色々と考えを深めることが出来ました。

私の書き方が悪かったのと、少し考えが足りなかったせいで、ちょっとした誤解を与えてしまいました。チャート式が嫌いというのは、それはそうなんですが、別に不要であるという意味ではありません。ただ、今回の社会政策・労働問題チャート式への不満は内容がやや古いということです。逆に言うと、これはこの分野が学問的にほとんど見るべき進展を見せずに、停滞していることを意味しているのでしょう。それならば、むしろ、その責任は濱口さんではなく、教科書を書くと言って書かない某S先生に全部押し付けたいところですが、私も含めて学会員は等しく少なくともその一端を担うべきでしょう。

ただ、チャート式の存在意義の話とは別に、入門書でメンバーシップ契約という単純な理念型を使うことについて、私は『新しい労働社会』から懐疑的です。同じく教科書として書かれた『労働法政策』は内容の詳細さからいってもさすがに東大法学部の学生相手ですから初学者から中級者向きとはいえ、一生懸命読めば、実はそんなに難しくない(と私は思います)。そういう意味では『新しい労働社会』以降のある種の冒険が私には失敗しているように思えるということです。

チャート式で勉強することの意義は、当該分野について体系的な知識を獲得するということであって、その内容を薄めることではありません。この点については、小西甚一先生がたしか古文の参考書で明確に書いてあります。平易に書いたけれども、1ミリも学問的水準を下げてない、と。もちろん、それが困難なことはよく分かっています(し、そういうものならば喜んで読みます)。だから、個別論点の上層に単純な理念型を置くことのリスクは問われるべきですし、逆に言えば、その理念型を設定するというのは、極めて学問的に深い行為のはずなんです。まして、初学者はそれを批判的に読む能力がないわけですから。だからこそ、私は日本的雇用=メンバーシップ契約論に焦点を絞って反論したんです。

私自身に社会政策学徒という言葉を使っていただいて大変光栄なんですが、社会政策学徒というのは今ではほとんどいません。少なくとも新しい世代で労使関係研究者、制度学派的労働経済学者というのは辛うじて再生産されているかもしれませんが、それも少数派ですし、ましてそこから社会福祉領域をカバーするような研究者は若手ではほとんどいないんじゃないでしょうか。逆に、福祉の方たちは労使関係に暗いし、社会政策学徒と思っていないでしょう。後は武川さんたちのようなイギリス流ソーシャル・ポリシー学派がいますが、彼らには私の前エントリも、濱口さんのエントリの「身分から契約へ」「契約から身分へ」「身分から契約へ」などというテーゼも、理解してもらえるとは期待しておりません(本当は「シチズンシップ(市民権)」を考えるときに決定的に重要ですけどね)。むしろ、法律の解釈だけでなく、法学をちゃんと勉強した人にこそ分かってもらえると思っています。というか、私の書評は濱口先生本人に向けて書いたものであって、まぁいろんな捻じれがあることを知っている人にはああそうだったと思い出していただく程度で、後の核心の部分は濱口先生に伝わればいいんですよ。

「契約」と「身分」の揺れの話はなかなか拡がりを持っていますね。個人→団体→個人と関心の変遷を示唆しています。この点は水町先生の入門書を読んで非常に刺激を受けました。我妻先生の大論文が書かれた1920年代というのは、個人から団体(法人)へという時代でした。経済学の世界では1932年のバーリー&ミーンズの本によって所有と経営の分離が発見されたと思っている人もいるかもしれませんが、そんなものは法学の世界では1920年代、早ければ1910年代から議論されているんです。だから、企業論は当時のホットトピックなんです。ただ、レンジを拡げると、書かれなかった第三部は企業論もそうなんだけど、組合も含めた法人論になったかもしれない。企業論自体は西山忠範や奥村宏といった人に引き継がれましたが、組合論になるとどうかな。同じ水準のものがあるのかな(不勉強ですみません)。何れにせよ、我妻先生が続きを完成させていたら読みたかったなぁ。そして、現代(団体→個人)はまた、別の枠組みで語られなければならないですね。ちなみに、入学者はいいですが、さすがに出るときまで我妻論文は読んで欲しいものです。

団結の力というのは労働運動に関して言えば、1940年代がピークで後は下っていくのみです。それは左翼が三池、スト権スト、国労で三度の敗戦をして、どんどん弱体化していったことからも分かります。ただ、安保だとか、学生運動だとかの社会運動ということで言うと、もう少し後においてもいいかもしれません。ちなみに、そういう点から言うと、1975年が国際婦人年でそこから10年間は女性運動が盛んになり、85年の均等法に繋がります。なかなか興味深いです。その女性の社会参加=社会教育運動が段々その頃から下火になってくる、というのも極めて面白い現象ですが、このあたりのことはそのうち、考えましょう。

後、ブラック企業を近代と脱近代の文脈だけで捉えるのは誤りです。もちろん、そういう側面もあるでしょうが、元々住込み奉公というのは昔(前近代)から苛酷なのです。「ALWAYS」は2000年代だから描けるので、1980年代には「おしん」だったんです。昔は労働の歴史を描く人たちはそういう残酷物語ばかり書いたものです。現代の人にそういう思いを伝えなきゃいけないなどという使命感は持ち合わせていませんが(どちらかと言うと、専門の内容を話すと「女工哀史ですね」などという挨拶をされて、一々そこから説明してきたので)、先達の研究(および素晴らしいルポ)の蓄積というものもありますので。ここは主としてKousyouさんに向けて(笑)。

参考
Kousyoublog 暗黒企業の原初形態
私が前に書いたエントリ もう一つの女工の歴史
を両方、読んで、バランスをとりつつ、楽しんでいただければ。
皆さま、お久しぶりです。いろいろと公募関係の書類を書いていたり、業務の進め方を考えていたり、研究会に出ていたり、バタバタしつつ、twitterなんてものを始めちゃったら、ついにブログまで書かなくなっちゃった。あ、でも、来月は『社会政策』に論文が出ますから、まったく書いてないわけじゃないので、そこんとこはよろしくお願いします。また、近くになったら宣伝します。

さて、例の「非教育の論理懇親会」あたりから、というか、本当のことを言うと、博論の一部で藤本隆宏先生と小池先生の議論を使いながら論じてたりもするんですが、技能についての話を考える機会がバーっとありました。この前の理論科研の矢野先生へのコメントで書いた「人間力戦略研究会ってひょっとしたらいいんじゃないか」については、あっという間に皆から詰めて仕舞われた次第でございます。なんというか、こちらも詰めて考えられていないし、あんなにみんなが「人間力」に迷惑しているとは知らなかったし。ここ数日は森班長殿と戸高七奈さんとツイートでやりとりしていて、きっと行きつく先は同じであろうと、思っています。

ざっくりと私の個人的印象ですが、学校知だとか(そんなもん社会科学の概念としてはどうしようもなくて、ツイッターはお遊びですから別に構わない)そのあたりで考えようとしていることって、意外と私たち労働(あるいは技能形成)の領域とも近いんじゃないかなと思ったりしています。それは言い換えれば、学校で身につけることだって、社会に出たって役に立つということなんです。非常に単純にいえば、読み書き算盤ですね。ここまで否定する人はいない。ただ、学校知で語りたいことはもっと広いでしょう。

私が技能形成論で考えたいたのは、形式知と非形式知をまずは区別しよう。そして、非形式知であっても、完全にブラックボックスじゃなくて、なんとなく現場の人は一挙手一投足のアルゴリズムまでは解析できなくとも、ああやればこうなる、くらいの緩い管理は出来るし、現にやってるだろう、ということでした。こういう場合、私は論理仮説的に考えていくから、一方の極に完全に形式化された知を置いて、もう一方の極に形式化されることは絶対にない知を置くんですね。そうそして、すべての知はこの間にある。もちろん、本当はその間の判定こそが知りたいところであり、分類が難しいわけです。

たとえば、ここ数日、試験知が役に立つか、というようなことを議論していたわけです。森さんと私はたぶん、役立つと思ってる。私なんかは非常に単純に天野郁夫先生の試験化した社会を想定して、学校出たって試験が続く社会になってんだから、学校で受けた試験のトレーニング(あるいは自分で身に付けたスキル)って役立つでしょ、という論理なんです。じゃ、ここでの試験知ってなんですか、ということになると分からない。高校の国語でやった漢字のテストが採用試験の常識問題で出たとしたら、これは役立ってるといえる(笑)。非常に即物的な形式知ね。

でも、矢野先生の議論になると、もうちょっと汎用性がある話になる。「学ぶ習慣」みたいなものは学校、出ても役立つんだよ、と。習慣?ハビット?ハビトゥス?ハビトゥス、いただきました、みたいな感じですかね。すみません、ネタです。これはもうある意味では形式知を超えている。前に濱口先生が矢野先生に専門教育の意義を言う時に「いやなんでもいいんです、じゃそれぞれの専門分野のレーゾンデートルを示しにくいから、まずいんじゃないの?(大意)」と突っ込まれてましたが、まさに形式知ではないんですね。強いて言えば、形式知そのものじゃなくて、それを獲得するプロセスを重視した議論になっている。何かの知識を獲得するプロセス、ということになってくると、非常にプリミティブなレベルで認知心理学、そしてそれをベースにした教育心理学とも領域が重なってくる。で、ごりごり押し込んでいくと、この領域での狭い意味で実証、ということになって、手も足も動かなくなるでしょう。

で、技能形成論では、と、考えてみると、また時間が掛かりそうだから、また近いうちに考えてみたいと思います。ということで、たぶん、続きます。