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第4弾です。

①「二つの賃金」とあるが、これは報酬に対する二つの考え方のことなのか。(p.42)

分かりにくくて、ごめんなさい。感謝報恩と受取権利の二つのことです。

② 給料=義務なのか。 (p.43)

該当箇所がどこか分からず、この質問の意味もよく分かりませんでした。

③「日本的」がよく理解できなかった。(p.68)

よく理解できなくて、当然です。生活を支える賃金がよいということを、日本全体が天皇を中心とした家族であり、その家族の生活を支えるためにあるのが賃金である、という風にもったいぶって説得したのです。これは⑤皇国勤労観…「勤労は皇国に対する皇国民の責任たると共に栄誉たるべき事である」 (p.87)というところと繋がっているわけです。

④年功賃金は日本特有なのか。(p.68)

そんなことはないと思いますよ。右肩あがりの賃金カーブはいろんなところで見られます。ただ、前の質問とも関連しますが、その説明の仕方で、日本に特有であるという説明が好まれました。これは賃金の問題というよりももっと広い問題ですね。一昔前まで「日本人論」というものがたくさん書かれていました。「日本人論とは何か」という日本人論まで書かれる始末でした。そういうアイデンティティのあり方の延長線上に捉えて下さい。

⑥【討論】メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用のメリットとデメリット(p.117)

これは労使双方の立場から考えてみて下さいね。会社側から見ると、どういうメリットとデメリットがあるのか、労働者側から見ると、どういうメリットとデメリットがあるのか。

⑦ 当時「保護」はマイナスのイメージだったのか。(p.194)

そうですね。つぎの質問とも関係しますが、独立・自立ということが重要ですから。だから、今は労働安全運動というのは工場では定番ですが、100年前にはけがをして当たり前、というか、(旋盤などの操作を誤って)指一本ないくらいが一人前という風潮さえありました。労働安全運動はそこも突破して行かなければならなかったのですね。

⑧【討論】ボランティアと労働は完全に切り離せるのか。(p.191)

これはすごい重要な問題です。ボランティアとは何か。自発性とは何か。仕事をする上で自分でものを考えるということがいかに重要か。そういうことが全部、絡んで行きます。私の考えもありますが、これはぜひ、みなさんで考えて下さいね。

⑨労働基準法の適用範囲は実際あやふやなものなのか。(p.188)

うーん、これも微妙な、答えるのが難しい、しかし、決定的に重要な問題ですね。正確に言うと、ちゃんと決まったルール(たとえば昔の判例で示された)があったとしても、後の人はそれをみんな勉強するわけではないから、好き勝手なことを言って、混乱を生じさせているという面も大きいと思いますよ。結果として、あやふやにさせられている、というのが趨勢でしょうかね。あやふやかどうか確認しないで議論する人が多いのか?と問われれば、その答えはイエスだと思います。基本は賃金をもらって雇われる労働者は全員、適用されます。ただ、実際は慣例によって、実質的な管理者かそうでないかで線引きがされていますね。管理者であるかどうかは、仕事量、内容を自分でコントロールできるかどうか、上司がコントロールするのか否かで判定されます。

⑩雇用についての全体像が本書に書かれているのに、なぜタイトルに『賃金』を使ったのか。

昔、賃金にはすべての問題が詰まっていると孫田良平先生から教わったことがありましたが、賃金を徹底的に考えることで、雇用の全体像を見渡せるようになる、ということはありますね。現代の雇用関係が労働と賃金の交換関係という側面を持っていることから来る必然なのです。とはいえ、あくまでこの本は賃金の本なのです。みなさん、雇用の全体像を描いたと評価して下さっているんですが、結構、重要な問題を書いてなかったりします。たとえば、派遣労働ですとか、セルフ・エンプロイメントですとか。あとは最近のホット・トピックである労働時間規制の問題も取り扱っていません。でも、本の中には労働時間はもう少し取り入れるべきでしたね。


日本の賃金を歴史から考える日本の賃金を歴史から考える
(2013/11/01)
金子良事

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第3弾です。

(1章)
・明治初期のボーナスが勤続を狙いとして中元と歳末に支払われたとのことだが、どれ程勤続につながっていたのか

一般的に、金銭によるインセンティブを与えても、理論的に言われているようには、あるいは実際に施策として実行するにあたって期待されるようには、効果を得ることは出来ません。なぜかというと、金銭的報酬を引き上げるのは他社よりも優位に立とうとするからで、当然、相手も対抗策を打って来ます。そうなると、相場全体があがり、労働者にとってはありがたいですが、選択の余地があるということには変わりはないのです。

勤続をのばすのは、生活面でのきめ細かいケアだったりします。この時代だと上水道の整備で乳幼児死亡率が下がると、熟練工も居着いたりしました。あと、基本的に商家の奉公にしても、工場での労働にしても、合わない人は一定程度、逃げ出すのです。それは止めようもありません。こんなところにも、雇用関係は、労働とその対価の交換関係よりも、雇用主と労働者の限定的な支配関係であるという本質が出ていますね。

・明治30年代には地位と俸給に応じて景気変動に関係なく支払われたとのことだが、不景気の時に会社が経営難になったりしなかったのか

実際、困難に陥っていました。

(2章)
・集団出来高賃金の個人への配分に関して、チーム内で誰がどれほどの成果を上げたかがわからない中で何を基準にどう配分するのか

これは一番、本質的なところの質問ですね。基本的に分配の基準は、個人個人の等級によっていました。今で言うと(職能)資格に近いかな。どういうことかというと、入社してから現在に至るまで、査定され続けているんですが、その評価が蓄積されて現在の自分があります。その評価に基づいて、分配するのです。

もちろん、これでは誰が成果をあげたか分かりませんから、後に少しでもその区分が立てられるようになると、個人ごとの基準を今までの評価の蓄積ではなく、その当期の仕事に結びつけようと改革を行う場合もありました。しかし、新人の監督をするというような、間接労働は必ず残りますので、完全に直接的な成果でのみ対応させるのは難しいのです。

(5章)
・ホワイトカラーとブルーカラーのグレーゾーンの存在による混乱とは具体的にどのようなことなのか

今でもそういうことが起こり得るんですが、同じ仕事をしていても、身分が違うということが会社では起こり得ます。それは入社の経緯の違いであったり、いろいろな理由があります。たとえば、派遣さんと正社員、あるいはパートが同じ仕事をしているということがあるでしょう(実際に、同一労働同一賃金でその格差を是正しようという動きもある訳ですが)。昔だと、警備の人がホワイトカラー扱いであったり、ブルーカラー扱いであったりという事業所がありました。それをそのままなんとなく昔からの流れで、成り行きで管理してたんですね。

どういう混乱が起こるかということですが、賃金統制では、ホワイトは会社経理等統制令で大蔵省が、ブルーは賃金統制令、賃金臨時措置令で厚生省がそれぞれ管轄でした。最初に統制されたのは、ブルーカラーでしたから、物価があがっているから全体の賃金を上げたいと思っても、ブルーの人はあげられないけれども、ホワイトの人はあげられるというようなことが起こりました。当然、その不均衡に不満が出て来て、労務管理上、問題になるわけです。

(7章)
・公務員はストライキが禁止されているので他の職の労働者と同じようには運動が行えないと思われるが、公務員の労働運動とその他の職の労働運動とでどれほどの差があるのか

私も今、ここのところを勉強中なので、とりあえずの意見を述べさせて下さい。公務員労働運動は、1950年代後半に官公労という連絡組織を解散させ、総評という当時の最大のナショナル・センターを中心に展開することになりました。総評は裁判闘争も含めた戦闘的な組織戦略を持っていました。公務員労働に関しては、ストライキ奪還ということで、60年代からはILOに訴えながら、なお戦いを志向していました。ところが、1975年にストライキを要求するためのストライキを打って、敗北します(スト権スト)。この敗北の意味は、公務員労働が思ったよりも公務員以外の人の応援を得られなかったことです。公務員は1949年のアメリカ占領下での行政改革以降、ときどき緊縮政策を採られていたのですが、70年代以降の行政改革(そのメインは国鉄と電電公社(今のNTT)の民営化でした)では公務員バッシングが定番になりました。

これに対して民間労働、とくに総評指揮下にあった鉄鋼労連も当初は戦闘的でしたが、60年代から徐々に協調的に変わって行きます。協調的労使関係下の企業では、人事改革など重要な改革を行うときは、労働組合に問い合わせが来ます。考えてみれば当たり前なんですが、人事部だってドラスティックな改革をやって失敗したら、会社の関係部署から総バッシングを受けるわけです。そのためには、現場を抑えている労働組合に相談するのです。まあ、でも、これは公務員労働、とくに地方公共団体レベルでは、人事改革かどうかは別にして、同じようなことをやっている地域もあると思います。このあたりは勉強不足ですみません。

ストライキ権があるかどうかは組合運動に関しては重要ではありません。権利が公認されているからストライキを打たないわけでもないですし、打つわけでもありません。実際、権利を持っていても、民間ではほとんどストライキがなかったのです。今年の春闘で相鉄などが注目されて、その後、すき家でストライキが行われるなど、少し流れが変わるかなという兆候もありますが、相変わらず少ないままでしょう。

権利が認められていないと、ストライキが終わって裁判になった時点でたしかに苦しい思いをします。とはいえ、ストライキを主導する人たちはそれを覚悟でやるわけです。60年代は民間でも数日間のストライキは行われていましたが、セレモニーと批判されていました。私はセレモニーでも、一種のお祭りのようなもので、それはそれで意味はあったと思いますが、戦うという意味では物足りなかったのでしょう。本気で戦うときには、何があっても戦うという意思が大事なので、かえって困難な状況の方がその覚悟が仲間に伝わり、士気があがるという意味ではよいという側面もあるのです。個人的には、覚悟を決めるというのは何かを捨ててもやり遂げる意思だと考えていますので、それより大切なものがあるとは思っていません。

・闇市場での取引により価格統制にもかかわらずインフレをもたらしたとあったが戦争中にインフレになった要因は他にあるのか

物の不足ですよ。需要に対して供給が少ないからです。ということは、なんで不足になったのか、ということを考えるといいです。一つは欧州の戦争によって交易が少なくなれば、供給量は減りますよね。もう一つは、急激に重工業を発展させたので、資材、人がともに足りなくなりました。そして、石油や鉄なども輸入できなくなったのです。日本では資源がなかったということが決定的で、それが戦争の原因の一つになっていました(もちろん、それだけではないですが)。

・熊谷政策の特徴に民間で自制的行動がとられるような誘導政策とあったが、自制的行動とは労働運動を起こさないことという認識でよいのか

労働運動を起こさないということとは必ずしもイコールではないですね。運動の方向性は複数、あります。ただ、その中でもあまりに敵対的で、自分たちの要求だけを通すのを自粛するようにということだと思います。

・高度経済成長時には日本は人口過剰と考えられたとあったがそれはなぜか

これもあくまで推測しか出来ませんね。その前の時代のときの認識に引きずられていたということもあります。敗戦後、戦地や植民地から帰って来た人たちで国の人口は多くなります。その多いという実感が解消されていなかったのでしょう。

それから、いわゆる団塊の世代がたくさんいました。この時代には子どももたくさんいましたし、どうやって子どもたちに学校教育を提供するのかが教育政策の重要な課題でもありました。ただ、その一方で製造業などでは、このまま行けば人不足になるという危機感もありました。

農村では人が余っているというようなことが言われたりしましたが、経済学者は農村の過剰人口(潜在的な労働力)はほとんどない、という主張もありました。ただ、何もしていない人がいると、人が余っているという印象は持つのかもしれません。そのとき、子どもが減っていれば、人口が減っているという実感がありますが、子どもは多かったですからね。

(8章)
・個人のニーズと集団的労使関係がバランスをとるために企業や政府はどんな努力を行っているのか

これはむしろ、労働組合の仕事ですね。このために、組合員からの不満を聞き取ったり、ときにはアンケートをしたり、それらを受けて、どう解決して行くのか全体の方向を考え、ときには会社に要求して行きます。会社も苦情を受け付けていますし、同じような仕事をやります。政府は、JILPTがそういう実情を一生懸命調査したりしていますが、果たしてそのことの重要性を政治家がどれだけ分かってるのかはだいぶ心許ないです。厚労省も「労使コミュニケーション調査」などの重要な調査を行っています。

以下はゼミでの論点提起ですね。たぶん、現場の人もこういう問題の答えを探し求めています。一般論を言えば、理想的な制度というのはあり得ず、現実に解決したい問題と、何と何がトレード・オフなのか(何を採ると何を犠牲にしなくてはならないか)ということ認識して、その中から選ぶしかないんですね。昔、政策とは偉大な妥協の産物である、と言った人がいますが、それはその通りなのです。ただ、妥協の仕方にはいつでも議論があるし、議論すべきなのです。

<話し合うべきこと>
(1章)
・コラムに高度の仕事ができるようになった従業員の仕事へのインセンティブがいくつか挙げられていたが他にどんなインセンティブが考えられるか
(2章)
・どういうシステムの会社または職業にどのような賃金制度が適しているのか
・各職業の賃金制度はどういった理由から採用されているのか
(5章)
・実際に企業が行っているコスト管理法やその成果にはどんなものがあるか
(8章)
・男女の労働条件の差や性差を解消するための他の制度とその現状について                      

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(2013/11/01)
金子良事

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さて、続きです。

1. p23どうして労働者保護が主流でなかったのか

労働者保護が主流でなかったというより、何を問題にするかという、関心領域が社会秩序の維持にあったということです。明治維新で徳川幕府を倒して、その後、版籍奉還・廃藩置県で藩体制をひっくり返し、ついで象徴的には西郷隆盛を中核とした士族の反乱、そして自由民権運動があったのです。それだけ世の中がひっくり返ってる時期ですから、次はどんな革命が起こるのか、ということに危機意識があったのです。優先順位の違いです。

2. p23どうして例外にもかかわらず大日本綿糸紡績連合会はできたのか

繊維産業が江戸時代から発達していたからです。これはもともと大阪の繊維問屋が中心になって作り、それが徐々に拡張して行きました。

3. p27賃金を「権利」と思う人と「報恩」と思う人どちらが多かったのか

今も昔も普通の人はそんなことにこだわりを持っていないと思います。ただ、報恩という感覚は、今よりはあったと言えるでしょう(統計的に明らかにできる訳ではありませんが)。なぜそういう感覚が弱くなって行ったかには二つの原因が考えられます。一つは有名な三億円事件です。この事件をきっかけに、折からコンピュータの発達によって、銀行の支店間送金がオンラインで出来るようになっていたこともあり、給料が銀行振込になったのです。昔は神棚、仏壇のある家は珍しくなく、給料袋はまず、神前か仏前に捧げられました。これは感謝報恩の感覚に通じているのです。それと関連しますが、戦後には仏教的な教養が失われてしまったということもあるでしょう。より即物的な労働組合や新興宗教の勃興とも関係があります(どちらも行き詰まりましたが)。

4. p35「熟練工」はどうして重視されたのか

彼らの腕が必要とされたからです。渡り職工は素行が悪いと一般に言われていました。それもそのはず、企業は新人研修から社会人のイロハを叩き込みますが、渡り職工はそういうものとは無縁です。それでも、ある時期まで企業は彼らの力に頼らなければならなかったのです。

ただ、そういう問題とは切り離しても、事業、大きく企業経営でも、小さくプロジェクトでも、それを支えているのは人なのです。その人の技能(=熟練)が正否を握っています。

5. p36個々の技術者や現業労働者はどのように育ったのか

これは企業ごとに違います。それだけで一つの大テーマです。

6. p38そもそもどうして賃金制度を統一しなかったのか

今、パート、バイト、正社員の賃金は同じでしょうか。違いますよね。会社側から見ると、それぞれの労働力のニーズが違うのです(最近はその振り分け方を雇用のポートフォリオと呼びます)。働く側から見ると、正社員になりたくてなれないパート、バイト、派遣の人もいますが、正社員は時間の融通が利かなくなるからあえてバイトやパートを選ぶ人もいます。こういう多様な働き方は労使それぞれから望まれてる側面もあり、簡単に統一できません。それに連動している賃金も統一は難しいのです。さらに、賃金を統一するにあたって、何を基準にするのか、ということでも議論が出て来ます。統一基準を作るのは案外難しいのです。

7. p39会社は、経営者か従業員か、誰のものか

会社は株主のものです。それは会社の最高意思決定機関が株主総会だからです。実務上のトップは役員会ですが、株主総会には役員の人事権があります。ですから、形式的には株主が会社の持ち主です。ただ、無形資産、たとえば、今までの仕事で築いて来た信頼、そういうものは一部はのれん代として計上される可能性もありますが、基本的に全部は計算できません。それはすべて過去に所属したことのある従業員や経営者のものです。

8. p41なぜ労働歌は禁止されたのか

職場の規律を守るためです。

9. p48なぜ労働組合の活動が弱められたほうがよいのか

これは立場によってよい悪いの判断基準が異なって来ます。ここでは本文の文脈に即して会社からの立場で考えましょう。会社にとって労働組合の力を弱めた方がよい場合というのは、組合が敵対的である場合です。それでは会社の方針が貫徹し得ません。敵対的な組合のなかには、外部とつながり、特に、昔は私有財産制度を否定するだけでなく、その強奪に暴力も辞さない共産主義者もいたため、これに対抗する必要がありました。しかし、この対抗が行き過ぎた結果、共産主義と関係ない人までも巻き込んで排斥するという事件もありました。何がよいというのを固定的に考えない方がよいでしょう。

10. p24どうして「賃銀」という漢字が使われているのか

これは前出ですね。


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(2013/11/01)
金子良事

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中央大学の関口定一先生からゼミで『日本の賃金を歴史から考える』を読んでいるんだけど、初読の感想を書いてもらったから、参考にどうぞ、ということで質問をいただきました。読んでみると、とても重要なこともたくさん書いてあるので、ぜひこれをブログで紹介してお答えしたいと申し出ましたら、快諾をいただきましたので、これから少しずつお答えして行きたいと思います。関口先生、学生さんたち、ありがとうございます。

一応、貼っておきます。


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1、 p22にある「雇用関係は旧来の慣習を引き継いでいるものも多い」のはわかるが、なぜその現実と条文のギャップを判例や学説によって埋めてきたのだろうか?

いきなり、大変なところを突っ込んできましたね(笑)。これは法に対する基本的な考え方を知らないと、理解するのは難しい問題です。法には大きく分けて二つの法があります。一つは文章になっているもの、法律用語では成文法といいます。もう一つは条文になっていないものです。

さらに、成文法というのは、大きく分けて二つあります。一つは制定法、これが皆さんがイメージする法律です。でも、法律の条文というのはあまねく全部を網羅しているわけではありません。そうなると、何が起こるかというと、法律に書いてないこと、あるいは書いてあるけれども、解釈が複数あり得ることに関しては、争いが起こり、これを裁判で決着させます。そこで出来てくるのは判例です。でも、判例もあくまで解釈の一つなので、これはさらに批判を受けます。そうして学説が作られるのです。

条文になってない法の考え方ですが、古いイギリス法や自然法と言われる考え方では、法というのは最初から存在しています。つまり、ある意味、法は神そのものだと言ってもよいのです。その法を発見するというのが人間の仕事です。ローマ法を継承した欧州大陸の国ではちょっと事情が違いますが、そのへんは省きます。だから、慣習そのものは法ではないけれども、慣習の中から普遍的な法則(law)を見つけ出すということが大事なのです。

ところが、制定法はそうではなく、制定者の価値観(多くの場合、正義にもとづいている)によって作られることが往々にしてあります。日本の民法では、雇用関係をイギリスなどとは支配関係とは理解せずに、単なる労働とその対価の交換関係として規定しているのです。しかし、実際に雇用関係は支配関係(指揮・命令関係)があるので、そこにギャップがあります。そこの距離をうまくコントロールするのが、制定法と事実の間にある判例法やそれと補完的な役割を担っている学説なのです。

2、 p24の「実業之日本」にある「賃銀」が銀なのか?

これは昔は賃銀と書くのが普通でした(金と書く表記もなかったわけではありません)。大河内一男先生はこの表記にこだわっておられました。なぜ、銀だったのが、金になったのかは定かではありませんが、私の推測では、貨幣が金兌換になったのが大きいのではないかと思います。江戸時代は金もありましたが、銀も大きいですからね。たとえば、路銀という古い言葉がありますが、これは今でいう旅費のことです。それから、各地に残っている銀座という地名は、銀を取引するマーケット(座)という意味です。金座というのもありますが、今に残っているものは少ないですね。そのへんのことも銀が使われた理由かもしれません。ただ、あくまで推測です。

(追記)
ブログで書くと、正確な知識をお持ちの方が修正して下さり、助かります。

銀座は銀貨を作る組織

なんで、市場と勘違いしたんだろう。お恥ずかしい限りです。ありがとうございました。トラックバックもしていただきましたが、ここでも記しておきますね。

3、 コラム①にあった主従の情誼は悪用されることがあるとはどういうことなのか?

これは世間を生きて行く知恵として知っておいて下さい。悪いやつは、きれいごとをうまく利用するのです。たとえば、ブラック企業と言われるところも夢をいっぱい語っていたりします。また、悪徳宗教も書いてあること、説いていることはすべて噓偽りというわけではないのです。主従の情誼が美しい言葉であると認識されればされるほど、それは悪いやつにとっても利用価値が出てくるわけです。

4、 p35にある工場によってお給料が支払われる日にちが違うのは今にも影響しているのだろうか?私は何個かアルバイトをしていたがお給料が入る日にちがそこの企業によって異なっていた。これはこのことに関係しているのだろうか?

今ですと、各会社によって会計制度が違うせいでしょう。何日締めとか、そのあたりが違うからです。そうした違いは歴史的に、というほど大げさではないですが、過去の経緯から決まっていると思います。ただ、明治の昔から続いている企業は少ないですから、連続性は定かではありません。

5、分業よりトータルをできるようにするのは倍の時間がかかり効率も悪い。また覚える量が多いため休むことがなかなかできない。これが過労に繋がっていると考えるがどうか?
6、 5に関連するが5はトータルできる人がいる分欠員が出ても痛手は少ないだろう。分業とトータルを見る人を多くするのと果たしてどちらがいいのだろうか?

たぶん、質問をするときに、自分でも分業の両方の特徴に気がついたので、質問が無茶ぶりになってると思うのですが(笑)、おそらく問題にしたいことは、過労がなぜ起こるのか、それには仕事の分担(分業のあり方)が関係あるのではないか、ということではないかと思います。それを効率のよい分業という観点から考えて行ったので、話が少し混線したのでしょう。

近年の過労の問題は、人をどう割り振るかという問題ではなく、そもそも足りない人数で無理矢理まわそうとしていることから生じていると私は個人的に考えています。ですから、まず人員を充足させて、どういう役割分担をしたらいいのか考えるのはその後ではないでしょうか。あとは、過労の問題は、労働時間規制をどうするか、という点から考えたらいいと思います。

分業の効率性はだいたい、気づかれた通りです。ある特定のことだけ(数を限定して)やらせれば、その習得時間は早くなります。しかし、習得したこと以外につぶしが効きにくい。一方、全部の仕事を経験すれば、もちろん時間はかかりますが、他の人のカバーができます。さらに、重要なことですが、仕事の全体が分かると、個別の仕事を深く理解できるようになるというメリットもあります。たとえば、サッカーのフォワードがディフェンスを経験すれば、どうやったら守りにくくて嫌かを学べるというような切り口を理解できる、といったようなことです。どの分業が一番効率が良いという答えはなくて、ケースバイケースです。仕事の性質によります。どれだけ精巧にやらなければならないのか、期限はどれくらいかなどです。

7、 p105に基本給が日から月に替わったことは、戦前の時点で出来高給でなかったブルーカラーは常傭給が本体でそれと連動する奨励加給や手当などの賃金体系をすでにもっていたとあるがどこまでが給料であってどこまでが手当なのか。その境はどこなのか?

これは給与表を見て、その会社でどう考えているのかをじっくり見れば分かりますが、業種、企業ごとにあまりに違いすぎるので、本のなかではわざと具体性は落として書いてあります。ですから、分かりにくいですよね。この常傭給というのは現代で考えるならば、基準内賃金に近いんですが、実務上なかなか難しくて実際には統一されては使われていません。もし関心があったら、所定内賃金と基準内賃金の違いを問い合わせて、専門家が答えているページがありますので、ご覧になってください。

8、 p104の職務給の賃金水準を1本でなく幅を持たせると職能資格給までの距離は近くなるとはどういうことなのか?

これ図を使って説明すると、一発なんだけど、ごめんね、ブログで図を使って説明できない。。。職能資格制度というのは、今、職能資格が1〜4まであるとする。資格1のなかで18万円から22万円、資格2は20万円〜30万円、資格3は28万円〜40万円、資格4は35万円〜50万円というような感じで、資格ごとに賃金の幅があるんだ。資格1から資格2へは昇格。昇給は資格1のなかであがって行くものと、資格が上にあがったときにあがるものと二種類ある。で、この資格が仕事(職能)と関係させられている。同じ仕事をしていても、賃金が違うんだ。

これに対して、職務給は基本は一本。同じ仕事をすれば、同じ価格。だけれども、習熟度によって仕事の出来が違ったりするから、そこは差を付けて行きましょう、と。そうなると、複数の職務があり、それが階段上になっている(簡単な仕事から難しい仕事へステップアップして行く)キャリアが出来ていて、一つずつの職務のなかに賃金の格差があるとなると、これは職能資格に近いと言えます。

9、 p108のホワイトカラーに7階級制度を利用している組織があり、それは仕事の機能を基準に決められる役職とは別系統である、とあるが、そのすぐ後に、実際には社内の役職と混在となっているとある。結局は別系統なのか?

基本的には別系統ですが、実際の運用では混同されている場合もあります。

10、 国家資格であるにもかかわらず保育士は低賃金におかれている。それは業界全体の構造にも問題があると書いてあるがどのような問題が例えば取り上げられるのか?

簡単に言うと、保育士に高賃金を払って、保育園が回る、そういう収益モデルが確立されていないのです。だから、雇った保育士に安い賃金を払えないのです。低賃金が批判される場合、雇い主である会社や経営者だけがお金を持って行ってしまう、という分配の問題もありますが、そもそも事業として持続可能な形になっていないという生産の問題もあります。保育の問題は主に後者だと私は考えています。

これ、一人目なんだけど、結構、ハードですね。
ふと、まさかそんなことはないよな、と思いながら、ひょっとしたら、誤解されている方もいるのかなと思い、ちょっと恐れながら、このエントリを書いています。それは何かというと、内部労働市場の理解です。内部労働市場論というのはドリンジャーとピオレの本で初めて提唱されるんですが、そのアイディアにはふたつの源泉があります。ひとつは、いわゆる旧制度学派で、彼らの直接師匠であるダンロップやカーの議論があります。彼らはダンロップの習慣という概念をひとつの重要な要素として取り上げています。もうひとつは、彼らはその当時、最新だったゲーリー・ベッカーの人的資本論を入れました。この人的資本論を投入したところが、いろいろな混乱の元になっています(ちなみにいうと、小池先生の『仕事の経済学』でも同じことが起きた)。で、そんなことないよなは、内部労働市場論と人的資本論(とくに企業特殊熟練)をセットで考えるのをデフォルトとするという考えです。

そんなことないですからね。その後、経済学の世界では技能と賃金の関係を必ずしも対応させて説明するという方向はマイノリティになりました。今はどちらかというと、情報の経済学などが段々、広まってきています。そこらへんのところが分かるように、私は『日本の賃金を歴史から考える』第6章のコラムを書いたつもりなんですが、あんまり伝わってないのかな。6章は不完全ではありますが、経済学的な考え方をできるだけ紹介したいという意図もあったのです。

一般に原典を読み返すというのは、とても良いことですが、研究というのは、その後進展するので、それを踏まえないで、原典だけ読むというのはアウトなのです。企業特殊熟練以外の説明の仕方も出ています。これは歴史を見るときにもいえることなんですね。たとえば、科学的管理法について知りたい方がいらしたとします。そのとき、原典を調べてみようと思い、テイラーの本を読むのは良いです。でも、科学的管理法は1920年代からもう既に1910年代の議論などは超えて、たとえば原価計算と簿記が結びついて管理会計のようなものを生んでいきます。さらには、マーケティング分野へも拡張していきます。そういうことを踏まえて考えたとき、テイラーの原典だけを読んで、科学的管理法を理解している人は完全にアウトなのです。もうひとつのよくある例を書きます。法律の勉強をするときに条文だけ読んでもダメです。専門家がどう解釈しているのかという判例、およびその批判をちゃんと読まないと、これまたアウトなのです。同じように、ある思想家の研究で、その全集だけ読む行き方も私はアウトだと思っています。それはその人の前の時代の常識、それをどう超えようとしたか、あるいは同時代の人がどう取り組んでいたのか、そうしたことがトータルで見えていないと、?ということなのです。この思想家研究の行き方で成功するのは天才だけです。なぜ、成功するかといえば、別にその思想家のことを研究するのではなく、その思想家をダシに自分の言いたいこと、考えたいことを語っているだけだからです。せいぜいその思想家は話の枕にすぎないのです。

私は勉強するにも省エネすることを否定しません。しかし、引用もそうですが、省エネはその省き方で本当の実力をいかんなく示してしまいます。