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大原雑誌の2018年1月号に中村美香さんが「大原社会問題研究所所蔵『水平新聞』について」を寄稿されています。私、この数か月、大原雑誌をチェックしていなくてですね、数日前に中村さんに「こんなの書いたんだよ、読んでくれてると思った」と言われて、ようやく確認したのですが、これはすごくよい仕事でした。

大原雑誌というのは、今でこそ査読付きの学術雑誌で、労働問題社会問題を研究する人たちにとっては投稿先候補の一つとして地歩を固めてきましたが、もともとは史料紹介がメインだったんですね。大原の先達は、長く史料と研究を切り離すことが出来ないと考えてきて、ずっと機関としていくつものプロジェクトでそれこそ歴代、歴史研究がされてきました。今でもそういう考え方は継承されていて、先だって刊行された2017年度叢書の『戦時期の労働と生活』もその一つです。そういう意味では、今回のこういう史料紹介はもっとも伝統的ないかにも大原らしい仕事だと思います。

私の直属の上司は榎さんなのでもちろん大きな判断はすべて榎さんに相談するんですが、職員でのもっとも信頼できるパートナーは中村さんで、その思い出をあれこれ書き出したらきりがないのでやめますが、とにかく何でも困ったら中村さんにとりあえず相談してきました。中村さんは篤学の士で、ご自分でアーカイブズ学の研修に行かれたり、あるいは大阪のシンポジウムに参加されたりされています。また、閲覧係でもあるので、資料提供者の方とお話しする機会も多く、そうすると、別にかしこまってインタビューするわけではないのですが、みなさんポツリと思い出話をお話しされたりするので、自然といろんなことをたくさん聞くことになるんですね。こっそりお教えしますが、大原の史料のことを聞きたければ、中村さんに話を聞きにいらっしゃるのもいいと思いますよ。

この資料紹介は高度に専門的な内容なので、アーカイブズ関係の方、それから、歴史研究者以外の方にはつまらないかもしれません。でも、資料整理の実務に携わっている方なら、確実に面白い、あるいは「ああ分かる」と共感していただける内容だと思います。学術論文は極端なことを言うと、一次史料を使っているというだけで書けてしまうこともありますが、資料紹介は本当に専門的な知識がないと書けません。歴史研究のトレーニングを受けている方には何も言うことはないのですが、本格的なトレーニングは受けていないんだけれども、「歴史」を研究することに興味はあるというような若い研究者の方にぜひともご一読いただきたいと思います。歴史研究はこういう仕事に支えられているんですよ。

個人的には、涙なしには読めないものでした。
2017年度法政大学現代福祉学部「企業と労働」受講の皆さんへ

先ほど今期のテストで問1を書いてくださった方にコメントをお送りし終わりました。例年はこういうことはやらなかったのですが、自分の能力形成を問うた問題に対して、自分の人生を重ねて回答してくれた学生が多かったので、単にテストの一問題という意味ではなく、教師としてコメントしました。設問に対する答えとして適切かどうかという問題はありますが、たかが一回のテストなど生きていく上では些末な問題です。それよりも、この問題をきっかけに生き方の問題として振り返って悩んだり、真摯に向き合ってくれた皆さん、本当にありがとう。

大学のシステムの関係で、大学の皆さんのメールに送りましたので、春休みで確認していない方はあとでみてください。それから、私のアドレスryojikaneko@gmail.comはずっと使っているので、何か伝えたい事などがあれば、いつでも連絡をください。十分なフォローは出来ないかもしれませんが、出来る限りお応えします。

携帯メールでここに書いてくれというリクエストをくれた人も何人かいましたが、文字数オーバーで無理でしたので、学内アドレスを見てください。2014年度入学生(主に4年生)はシステム上、アドレスが見れなかったので、事務に預けました。該当者数人で、こんな私のブログを読んでくれているとも思えないけれども、もし個別にアドレスを連絡してくれれば、そちらにもお送りします。

体育会系の人のなかに、かなり読ませるものがあって、本当はどこかで紹介したいくらいでした。全体の問題を難しくしたので、救済措置という側面もありましたが、それ以上に君たちは期待に応えてくれました。スキー部の何人かタイミングが合わず、書いてもらえなかったのですが、残念、君たちのも読んでみたかった。体育会系だから下駄をはかせてもらえたのではなく、労働の講義として単位に値するから単位を獲得したと思ってください。終わった今はそう言えます。
数日前、フジテレビの平井文夫解説員が「結果に関係なく、働いた時間で給料をもらえるというのは社会主義じゃないですか?日本は社会主義国だったのか?」という文章を書いている。これにたいして、弁護士の渡辺輝人さんが「戦時中の日本人は、歩合給(成果賃金である)などというものは社会主義の制度であって、月給制により労働者の生活を安定させるべし、と言っていた。社会主義って便利な概念だな。」とつぶやかれた。これに対して、私が出典を聞いたところ、親切にも文献とページ数をご教示いただいた。該当箇所は桐原葆見『戦時労務管理』東洋書館の217-218頁である。

ただ、実際に書かれた文章を読む限り、桐原の認識は渡辺さんの見解とは異なっている。該当箇所を引用しよう。

出来高払賃金は、社会主義的経営を標榜するロシアにおいても、ひろくこれを採用して来たとおりに、多数の人間を機械的に働かせる方法としては必要であるかもしれない。(一部、漢字をかなに、旧字を新字に改めた)

まず、この文章は社会主義全般を論じているものではない。加えて、桐原は「社会主義的経営を標榜するロシアにおいて」と断っているのだから、むしろ社会主義の反対、資本主義側では出来高払賃金が一般的だと思われているけれども、社会主義だと言っているロシアで「さえも」、これを採用しているというニュアンスだろう。すなわち、桐原は賃金制度で社会主義かどうかをアプリオリに決めておらず、むしろ「多数の人間を機械的に働かせる方法」として、経済体制を超えて広く普及していると捉えていると言える。私は読む前に、桐原があまり理解していないのではないかと疑っていたが、桐原は正確に書いていた(桐原さん、ごめんなさい)。この該当箇所の後、渡辺旭のパイロット万年筆社の工員月給制を勧めることになる。

何はともあれ、無事確認することが出来、すっきりした。渡辺さん、ありがとうございます。念のために、書いておくと、これくらいの勘違いは、ツイッターでつぶやく際にはよくあることなので、そんなに大きなことではない。むしろ、丁寧に返答いただいて、見解を確認するまでの作業に至るのは稀で、よいことだと思う(どちらが正しいかはそんな大きな問題ではない)。

ついでながら、せっかくなので平井さんの議論について少し解説しておこう。平井さんの議論は、おそらく1980年代くらいまではわりとよく見られた議論である。その頃、どういうことが言われていたかというと、高度成長と石油危機の脱出において、日本は相対的に先進国の中で成功したと思われていた。その要因は資本主義的な制度ではなく、むしろ、ソ連や中国よりも、官僚を中心とした社会主義的な制度にある、と。

いずれにせよ、経済体制というマクロのシステムと個別ミクロの制度を一緒くたに議論するのは、1910年代から冷戦体制くらいまではよく見られたが、ソ連崩壊からもうすぐ30年というのにいまだこういう議論があるのは驚きである。平井さんの議論は、1社会主義は生産性が低い、2日本は生産性が低い、32は日本が社会主義だからであり、それを改革するのが働き方改革だ!という論理構成になっている。この3の見解が昔よく言われた説で、今ここで解説した話である。

ところで、生産性というのは、アウトプットをインプットで割ることで導かれる指標である。すなわち、インプットが少なければ少ないほど、生産性が高くなるのである。平井さん曰く「ただ、僕もそうだが、要領よくチャッチャと仕事をする人は労働時間は短い」。私なんかは素朴にもうちょっと労働時間を増やして勉強した方がいいんじゃないかと思うが、たしかにそんなことをしたら生産性は下がってしまうのである。

POSSE37号をいただきました。いつもありがとうございます。バタバタしていて、ご紹介が遅れてすみません。

今回は「これまでの10年、これからの10年」ということで、振り返り企画になっていて、とても面白いと思います。私は濱口先生のおっしゃることが参考になりました。どういうことかというと、単に「叫び」だけでは継続はしていかなくて、そこを理論化していったのが今まで長続きしてきた理由だろうという観察です。たしかに、「叫び」自体はどこにでもあり得て、運動的にはそれをどのように大きな「声」にしていくのかというプロセスがあり、その後にそれを洞察するということが必要になるのだろうと思います。POSSEが偉かったのは、最初から情報発信という機能と、この理論的に深めるということ、特に自分たち自身も勉強していくというプロセスを見せて来たこと、そしてそのための場として雑誌を重視してきたことです。私は仕事柄古い労働関連の雑誌を読むことも多くありますが、これだけ長期間にわたって刊行し続けて来たのは、稀なことであろうと思います。ほとんどはすぐに消えていくんです。そういう意味ではPOSSEと堀之内出版は歴史に名前を残したと言ってよいと思います。

既存の労働組合の機関誌も実は結構、よいものを残していますが、わりと組合の中でだけ読まれることが多いので、パブリックに訴え、影響を与えて来たのはすごいことだと思います。例外は情報労連のPEPORTでしょうか。個人的にもやや近いので、言うのもどうかなと思いますが、やはり対馬さんが個人でツイッターをやっているのも大事なことだと思います。連合総研のDIOも公開されていますが、あれはPDFであげているだけで、運動としてやっているという感じはあまり受けませんね。

今野さんたちにしても、運動だけでなく、研究もやっているわけですが、しかし、1990年代からの反貧困運動(その頃からそういう名前ではなかったとは思いますが)、それから2000年代以降のPOSSEの活動、それらの連携など、そうした動きに対して、まだ学術的な研究は追い付いていないように思います。もちろん、今野さんや渡辺さんが研究を積み重ねるということもあるでしょう。スタートの時には、木下さんだとか、遥かな先輩の研究者が支援したのはよく分かりますが、この間、彼らとは異なって運動とは距離を置きながら、しかし並走するようなアカデミックな研究者が出てこなかったのは残念ですね。まあ、実際は難しいか、運動の熱があるから、若いときにそれと距離を置いてつかず離れずにただ観るだけというのは。

POSSEの活動はもちろん、彼らのオリジナルなものですけれども、問題領域としては労働から貧困に至ったことで、高度成長期以前の古典的ないわゆる労働問題に出会ったとも言えます(労働のなかでも徐々に労使関係を重視しています)。ただ、よく知られているように、1960年代、つまり高度成長期に労働問題研究は貧困研究と労働研究に分離してしまいました。労働研究はほぼ潰えましたが、貧困研究は2000年代にリバイバルしました。でも、岩田先生の『貧困の戦後史』のなかで触れていますが、貧困研究者の間でも世代間の問題意識の継承が難しいことがあるようです(まあ、これはどこでもあると思いますが)。

私はいろいろと事情もあり、彼らとは少しずれた位置から、運動なり政策なりを考えることになりそうですが、編集長が渡辺さんに代わって、今後、どういう色を出していくのか、楽しみにしています。若者の声を発信するのは、POSSEの重要な柱だったわけで、その点から考えても世代交代は重要なステップでしょう。しかし、あらゆる組織にとって世代交代は難しい問題で、彼らが活動している分野のアカデミックはあまり成功したとは言えないわけです。という風に考えると、いかにも難しいことのように思いますが、実はあんまり心配していません。たぶん、彼らはまた新しい地平を切り拓いていってくれるでしょう。
加島さんから『オリンピック・デザイン・マーケティング』をお送りいただきました。ありがとうございます。あとがきに名前まで書いていただきましたが、酒井泰斗さんプロデュースの史料データセッションに参加して、そこで何度かご一緒させていただきましたものの、そんなに貢献してないので、恐縮しております。今回の本は数年前に話題になった東京オリンピックのエンブレム問題を一つの軸にオリンピックを読み解いていくというものです。通常、歴史研究には時間がかかるといわれますが、加島さんはこの短期間で、これだけの成果を出してしまいました。驚嘆の一語です。

この本について紹介してもいいんですが、せっかくなので、もう少し掘り下げてみたいと思います。まず、そもそもなんでこんなことが可能だったのかを知るために、加島さんの博論本である『<広告制作者>の歴史社会学』を訪ねました。この本は簡単に言えば、<広告制作>にかかわる職業の分業の歴史を描いた本です。と、あえてここでは言い切ってしまいましょう。加島さんの主査が北田暁大先生であったこと、加島さん自身、「メディア」ということを意識されていますが、私の印象だと、割とクラシカルな分業問題を扱われていると思います。

私の専門に近いところでは、社会事業史研究というものがあります。そのパイオニアに吉田久一先生がいるわけですが、吉田先生は用語がどの時代に使われたのかに厳密で、「社会事業」という言葉が出てくるのは大正期です。ところが、では古代から連綿と続く「社会事業」という言葉は使われていなかったけれども、しかし行われていた営みを何と呼ぶのか、という問題に対して、便宜上、「社会事業」という言葉を使うとされました。この用語にこだわる手法をある意味では発展的に継承したのが、私の研究仲間でもある野口友紀子さんだと思っています。野口さんは「社会事業」の用法を訪ねて歩き、その領域が伸縮することに注目し、それこそが社会事業の特質だと切り返しました。

加島さんの「広告制作者」の歴史も、実はそれに似ていて、似て非なる概念を時代ごとに並べて、それがどのように展開していったのかを丁寧に後付けしてるわけです。ただ、文章にすると一行ですけど、これ、ものすごく膨大な作業です。私は肯定的な意味で言いますが、非常に辞書的な作業でもあるわけで、パッと思いつくのはOEDとかですかね。ただ、OEDは基本、テクスト情報ですけれども、加島さんの対象は図、デザインや場合によっては三次元の情報も入ってきますから、もっと大変なわけです。

ただ、大きなストーリーは、分業という問題を考えたことのある人間からすると、非常にオーソドックスなものだと思います。加島さんは「職業」という言葉で表現していますが、最初は独立した職業でなく、たとえば堺利彦の売文社なんかを取り上げて、広告制作「も」やっていたが、あくまで文章の代行業者だったことを強調しています。これが徐々に専業化してくる。そして、職業としての独立=専業化→専門分化というルートをたどるわけです。いずれにせよ、「広告制作」にかかわる様々な職種を広範に押さえているというのが加島さんの強みになってくるわけです。

加島さんが先行研究として掲げながらそれとは別の途を目指すと宣言している広告史、デザイン史というのは、経営史や経済史で言えば、技術史のようなものであり、経済史・経営史そのものではないけれども、技術がないと成り立たないところがあります。日本の経営史でそのことを最初に意識したのは脇村義太郎先生だと思います(そもそも日本の経営史が脇村先生から始まるわけですが)。なんで、そんなことを書くかというと、加島さんの仕事は、経済史・経営史としても非常に重要だと思うからです。まあ、いろいろ、分野を書いているのは、そういう分野の人にもぜひ読んで欲しいということです。

さて、そこで『オリンピック・デザイン・マーケティング』本体なのですが、私の見るところ、大きく三つの特長があるように思います。

第一に、前著との関係で言うと、専門職という見立て。デザイナーと広告代理店(電通)の立ち位置の違いは面白いです。それから、社会学のなかではそれこそ1970年代(ひょっとしたら60年代くらいかも)からイリイチ的な専門職批判以来の「専門性と大衆性」古典的な命題とも関連しています。加島さんはエンブレムの選定というきわめて技術的なレベルが高いと書けないテーマを扱いながら、実はクラシカルな問題を扱っています。まさに神は細部に宿り給うです。ちなみに、分業はデュルケームがそうですが、二冊とも、議論は細部にわたりますが、わりと大きな古典的なテーマを扱っているのはさすがですね。

第二に、資本主義(あえて古い言葉を使って恐縮ですが)という視点からの広告代理店を描いていること。これが本書の前半部分で、事実上、加島さんのこの力業はオリンピックはいかにして商業化したか、ということを描いています。この部分だけでも、経済史・経営史研究者、それから政策研究者も読む必要があると思います。まあ、電通はもともと親方日の丸のもとに作られた会社ですが、1970年代以降の政策へのコミットの仕方はひょっとしたら、このオリンピックが関連しているのかななどと想像してしまいたくなります。それくらい面白い。ただ、後半のエンブレムの選定とテーマが二層的になっちゃうなと考えていましたが、広告代理店が何かを理解しないと、先に進めないんですね。そういう意味では立派な布石になっています。ただ、ここだけ独立して読んでも十分に価値があると思いますね。

第三に、とにかく決定プロセスが丁寧に描かれています。しかも、補足説明もばっちりです(あ、ちなみに、重要な点は太字になっていて、かなり強烈に含意を説明しているのは、その見解についてのリスクを負っているという意味において、きわめて良心的だと思います)。これは、我々労使関係に縁の深い研究者は大好物ですが、おそらく実証を重んじるタイプの政治史、経済史、経営史研究の人たちにとっても読みごたえがあるのではないかと思います。

私は常日頃、日本の研究を英語で国際的に発信すべきだという意見には警戒的なのですが、『オリンピック・デザイン・マーケティング』は英語にして、世界中の人に読んで欲しいですね。加島さんが明らかにした我らが日本が世界に誇れるかどうかはきわめて微妙ですが、加島さんの研究は胸を張って世界に誇れるものだと思います。
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